2018年06月05日

〈47〉『漢文法基礎・演習ドリル 』による授業

七夜巡りしアラジンは...
 『漢文法基礎・演習ドリル』から始まった、テキスト大改訂祭り(?)は
体系物理テキストver.5をもってようやくに終着[体系化学ブログ参照]、ここに戻ってきた。

そしてすでに4月の開講からかぞえて7回の授業があった。
演習ドリルは5「置き字」まで終了しており、
次回は「再読文字」の文法的再分配へとすすむ。

あえてそもそもから説く必要はないと思うが、「再読文字」ほど、
文法論から言えばフシギで不要で有害な存在はないはずなのに、
今まで誰もがそれを疑わなかった。それがもっとフシギだ。

「再読文字」というのは漢文の古和語への「訳し方」である。
漢文そのものの解析から離れて、
自国語への訳し方を基準にして分類すると文法的視点は消滅する。
漢文解析の読者受験生には、今更改めていうまでもないだろうが、
そうでない読者のために、端的な例を二つあげれば・・・・・・、

助動詞の(≒will)や(≒must,should)や(≒may)などは、
「まさに・・・す」「まさに・・・べし」「よろしく・・・べし」
と再読するのに、助動詞(≒can)は、「よく・・」+(す)と副詞部分だけの訓読であるため
再読文字には入れられていない。しかも否定になると不能=「あたはず」と読み方がかわる。
「おいおい、それは本当かい?」漢文は知らずして英語にかかわる人はいう。
これは文法論とか言語論とかいう前に、ふつうに考えても異常なことだ。
だってwill,must,mayとcanが別々の箇所に置かれている英文法書があったら
それだけで信用をなくすのではないかな?

もうひとつ、=「なほ・・・ごとし」という再読文字がある。
同等比較ないし比喩表現である。
ならば、如・若=「・・・ごとし」と同じところで説明するのが筋ではないのか?
なぜなら、改めて言うが「二回読む」というのは翻訳上の違いであり、
文法的な品詞分類ではないからである。


「再読文字」という枠は、文法的には一緒にできないものが、
古和文への翻訳テクニックという観点から寄せ集められた場所ですから、
漢文の系統的な学びを目指すならば、解体されるべき項目といえます。
したがって、時制助動詞、推定判断助動詞等々として独立分離するとともに、
そこから外されていた仲間を招集し、しかるべき位置に戻してやる必要があります。    
                    『漢文法基礎ドリル』p.42より

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posted by Kyuzen Ichikawa at 13:06| 閑綴帳

2018年03月03日

〈46〉『新・漢文法基礎 句法・句形演習ドリル 』脱稿

走ーり出したら止まーらない
 年明けてからこの方、営為取り組んでいた
漢文演習ドリルテキストが完成の域に達した。
全118ページ。演習ドリルは全部で16回となった。
解答・解説は今年度の授業を進めながら書いていくので、
全部で200ページ超にはなるだろう。

 昨日は、一月ぶりに新宿本部校に顔を出し、その報告をして、
試し刷りをし、細部を確認、次年度テキストとしての採用と作成の話がまとまり、
今年の国立理系コースの生徒向けに、前期に週一・90分の授業枠も決まり。
これ亦、愉しき漢文ドリルの時間を共有できそうだ。

 前回書いておいたように、『漢文解析』の元テキストには、
各項に練習問題がついていたのだが、それを端折っての出版となった。
思練化学の読者倶楽部の会員には、記憶されている方もいることだろう。
その直後には、構想としてはあったものの、『医大受験』の連載のため、
センター試験や東大理系の過去問の文法解析に四年ばかり注力したため、
この演習ドリルが後回しになりはしたが、漢文問題を詳細な分析する機会を
持てたことが、『漢文解析』を超える文法的視座を用意してくれたようである。
意図的にやっているわけではないが、世の中便利な言葉があるもので、
こういうのを「結果オーライ」という。

資料文献
 当初の予定では、1月一杯で書き上げて、物理と化学のテキストのバージョンアップに
かかるつもりではあったが、書き始めるとだんだんに内容が深化し、
さらに文法解析力が深化し、思いもかけなかった発見もあり、
結果的に二ヶ月を要してしまったわけである。
まさに、「はしーりだしたらとまーらない」(同年代でないとわからないだろうねー)
である。「書く事は考える事」とはよく言ったもので書くほどに、内容が深まり、
ゴールが先へ先へと遠のき……を繰り返しで大変だった。
 漢文の文例を収集するのに、以下の書籍を利用させていただいた。

資料文献 

A 基礎からのジャンプアップノート『漢文句法演習ドリル』

  旺文社 2009(三羽邦美著・東進)

B ステップアップノート10

 『漢文 句形ドリルと演習』河合出版 2015(高橋健一他共著・河合)

C 超基礎国語塾

  『漢文 ヤマのヤマ』学研 2003(三羽邦美著・東進)

D 句形と語法がわかる

 『漢文 基礎トレーニング』駿台文庫 1998(斉京宣行著・駿台)

E 大学入試直前DASH  2010

 『かけこみ26レッスン 漢文句法』桐原書店  (橋本浩正著・東進) 

F 改訂版『必携 明説漢文』尚文出版 2008  

                                 (全国高等学校 国語教育研究連合会) 

G 整理法・公式シリーズ 精選・詳解

  『漢文読解の公式』学研 2000(馬場武次郎著・一橋学院)

H 句形整理

 『基礎からわかる漢文・新訂版』日栄社 1975 (馬場武次郎・一橋学院講師)


特にセレクトしたわけではない。GHSに生徒が寄贈していった分と、
自分で折に触れて(アマゾンの古本などで)集めておいたのとで、
とりあえず7冊ほどもあればよかろうかと。
やはりなんといっても漢文の専門家、レジェンドの方達であるから、
漢文の例文を拾集するには十分であった。
・・・まあ、これは『体系化学』の問題を集めるときと同様の
手法なのだが・・・要するに、一冊の問題集では不足・不十分ということであり
数冊を束ねてはじめて「ドリル」となりうるという事情は、科目を問わないようだ。

ちなみに、元代ゼミ講師・現駿台漢文講師の宮下氏の著作は、
ほぼすべて所持はしているが一切参照していない。
というのも、中国語堪能な宮下氏の漢文は、従来の型を破ったという点では、
私もレスペクトするものがあり、そういう場合、自分の技が完成するまでは
見ることなく「できた!!」と思ってから対決するのを楽しみにしている次第。
解説が書き終わってから比較するのも愉しみである。

自画自賛ポイント
 『漢文解析』の時は、ページ数の制限に加えて、自己の文法解析力が
今から思えば途上であったこともあり、句法・句形のすべてに触れることが
できてはいなかった。すでに謎解きができた部分を披露することがメインとなった。
そこからの見かけ上のブランクとなった4年間は、
未解決であった句法・句形に闘いを挑んでいた雌伏の時であったといえようか。
近いうちにGHSテキスト公開のコーナーにアップすることになるから、
それまで有志諸氏は、次の問題に対する自分なりの答えを考えておいてほしい。
賢明なる『漢文解析』の読者諸氏にあっては、同様の答えに自力で到達することは
可能なはずであり、もし、事前に同様の答えをくれた方には本ブログで紹介し、
「漢文解析マスター」の称号を贈りたい。
    [答案はこちらへ]→study@ghs-yobikou.co.jp
 問題1  
  「再読文字 '猶'(なほ〜ごとし)にはなぜケモノ偏'犭'がついているのか?」
 問題2
  「抑揚形に用いられる' 況(いはんや) 'の品詞は何か?(もちろん動詞にあらず)」

答えは、GHSのHPにアップされる「テキスト公開」にて。
posted by Kyuzen Ichikawa at 21:29| テキスト情報

2018年02月05日

〈45〉『新・漢文法基礎 句法・句形演習ドリル ver.2』

コージンからキューゼンへ
 何処(どこ)いらかで、天野光信の '卒業' が語られていた由( T_T\(^-^ )
卒業してから何するの?という答えのメインは、も・ち・ろ・ん、
漢文の市川キューゼンの大活躍しかないでしょう。
GHSでやらなきゃいけなかったのは理科だったけれども、
やりたいのは一貫して、語学であり、つまりは英語であり漢文である。
私にとって、漢文は国語の科目ではなく「語学」なのである。

さてさて、『思考訓練・漢文解析』の元原稿には、各セクションごとに
ドリル的練習問題があったわけで、前身となるGHS内テキスト版は、
実際そうなっており授業で解説していた。
しかし、いざ出版となると、これが厄介モノになった。
しゃべるのと違い、解説をつけるとなると手間もかかるし、何よりページが増える。
第5章に、過去問を二つ載せて解説したら、ちょうど200ページほど。
厚さもラブリーな程度に収まりそうだったので、
「練習問題の解説でページを増やすよりも、このままで、まっいいか!!」と
ザクっと削ってしまった経緯がある。

『漢文解析』は誰のため?!
 『漢文解析』は受験参考書の体ではあるが、正直、必ずしも受験生に向きに書かれていない。
もっと正確に言えば、漢文の入門書にはなっていない。
 東大理系受験生のように、漢文が二次試験にある場合は、
「なーんちゃってレベルでも、センター試験漢文をクリアしさえすればよい」
というわけにはいかない、そんな「カブイた理系人」のために書かれたものである。

 したがって、漢文も人並み以上に勉強し、既存の参考書をやってはみたが、
それでは飽き足らず、もっと這い上がりたい!! という本物志向をもつ受験生が念頭にある。
だから、受験生の、しかも理系の一割の心刺さればよい!! というスタンスである。

 それゆえ理数は得意だが、国語はまったく音痴で、高校時代は漢文については
努力も時間もかけてられていない?! というような「フツーの理系人」には
『漢文解析』は共鳴してくれないのである。
実際、GHS生は毎年、国立理系が20人ほどいるとして、いきなり『漢文解析』を読んで
目から鱗・累々となり、叩きすぎて膝小僧が腫れるような人材は2-3人。
あとは「フツーのリケイビト」である。
そもそも訓読の不可思議に対する問題意識がないから、何がスゴイのかがわからないのである。
もっとも、一割に心に届けば善い、というスタンスからすればその通りの現実であるが。

 そして今一つの想定読者は、漢文をもっと勉強したかったのに、
理数に注力するあまり、そうこうする間も無く、漢文はまだまだレベルではあったが
しかし、首尾よく大学に進んでしまった、かつての「フツーの理系人」である。
この「漢文のやり残し・積み残し」があり、社会に出てから、
「漢文をもっとやっておけばよかったなぁ」という回顧と悔恨とがあるからこそ、
『漢文解析』はそんな「昔の受験生」の心に響くのであろう。

 そしてさらに、文理問わず、漢文学習に精力を傾け、訓読法によって
漢文読解ができるレベルに達した人の中で、しかし、それだけに
なんだか割り切れないものをどこかで感じていた「マジメな漢文人」の中には、
『漢文解析』にその問題意識を照らされて、そこに答えを見出して、
共感してくれた人達がいる。
私は、あとがきにも認(したた)めた通り、かつては文系であったので、
古文も漢文もそれ相当には(かなり)勉強したし、(ちなみに、たとえば古文は
小西甚一著『古文研究法』を読破した。ただし『漢文研究法』は手が届かず・・・)
学び悩むほどに訓読の不思議と不可思議、矛盾と不条理とがずんずんと蓄積していた。

 結局のところ、そもそもこの私自身が高校時代にもどったとして、
「こういう風に教えてもらいたかった」という思いで書いたからに他ならない。
要するに、『漢文解析』は(『体系化学」もであるが・・・)、
まずは過去の自分のためにこそ書かれているわけで、
だから、同じ境遇を経てきた人は、ここにまず共鳴するのであろう。

すなわち、過去の「不遇な高校時代の自分」に向かって、
現在の「ようやく判るようになった自分」が時空を超えて語りかける書
(ちょっとカッコ良すぎるか・・・)なのである。


そして、その原初的解決は、中文法を学んでからの再受験の東大入試に向けてなされ、
その決定的解決は、GHSでの指導実践の中で果たされた。
その遅ればせの朗報を、過去の自分に届けるための『漢文解析』であった。
(これも、カッコよするぎるか。。。) 
なんか、そんな歌なかったかな?15歳の自分に送るとかという・・・♪( ´▽`)

『漢文ドリル』は誰のため?!
 そんなこんなで、「過去の不遇な自分」は今や十二分に満足してくれたことだし、
再入門書として手にとっていただいた「カブイた理系」と「過去の理系」の皆さんにも
共鳴を果たしたので、ようやくにして、こんどは
本当に、漢文の入門書を書いてみよう、という気になったのである。

実は、その直接的なきっかけは、県立の進学校に通う高2の息子である。
理系に進むことは二年生になるときに決めており、日本史と物化選択。
国立理系志向である。(もっとも医学部ではないが。)
「今はどんな勉強したらいい?今後どうしたらいい?」
と殊勝にも聞いてきたので、過去の不遇な自分への思いをも重ねて、
こう答えた。
「二年生のうちに、社会選択の日本史と古文と漢文をしっかりやれ。
 まず周辺をしっかり固めておいてからメインの英数理にいかないと、
 三年生になってそれらに手をつける暇がなく、かといって放置もできず
 どっちも中途半端になり、結果、全科目共倒れになるという理系の
 ダメ・パターンを回避せよ!!」と。
かつての高校時代の私と異なり、屈折も苦悩もなく(だからハングリーではないが)
屈託なく素直に育った(つまり遺伝子ではない)息子は、これを真に受けて、
まずは、市販の漢文句法・句形のまとまった問題集を一通り自力でやった。
もはやフツーの理系ではない。「やったから漢文教えてくれ」というので、
ちょっと試してみた。という字を書いて、これなんて読む? 
 「反語のアニだろ?」と即答したので、へぇーホントにやったんだと思い、
 漢文解析を一席!!
          豈の音からわかるように何以の表音文字の音韻変化であること
         それが反語専用文字として独立したこと...
   などを説いてやった。そんなこと授業で聞いたことねぇ、そんな説明もなく
 とにかくそういうもんだから覚えろ、としか言われていない・・・
そんなことが書いてあるのが、『漢文解析』だよ、読んでみな〜と手渡した。   
幸いかな、カブイた理系人の仲間入りができそうだ。

すると、これも1ヶ月ほどで一通り読み切った、面白かったといいに来た。
ほー、こりゃかなりカブいたね。
じゃ、まずもって、この眼前のマジメにカブきつつある理系さんのために、
ホントウの入門書を書こう、かつての演習ドリルを復活・拡張して、
高校二年生でもわかるものにしようと思った次第。

そう思い定めて、正月から取り組んで、ほぼ8割方できたところ。
演習ドリル問題の解説を含めなければ、120ページほどか。
解説ありで、200ページくらいになるだろう。
あとは、我が家&GHSで実演してみて、正式に公開することになるだろう。
すでにGHSのHPにて公開しているものは、最初の方は同じであるが、
すぐにまったく別の展開となり、文字通り「超進化」版である。
これは、解説抜きであれば、二月中にも、GHSのHPで公開することができそうである。
posted by Kyuzen Ichikawa at 16:29| 閑綴帳

2018年01月19日

〈45〉今年のセンター試験

昨年は、新井白石による日本漢文が出題され、「白石って・・・どうよ」と書いた。
そういう漢文もあるんだよ、日本人がこんなに見事に漢文を吸収し、
思想を表現してきたのだよ、ということを天下に知らしめるには、
よいチャレンジだったとは思いはする。
実際、漢文の教科書には、かならず一定割合の、
「日本漢文」が収載されているから、文科省から教科書会社への忖度せよとの
メッセージとしても必要な一コマだったのかもしれない。

さて、今年は、ほぼど真ん中のストレート的な漢文にもどった。
2015年には、東大の理系に出せばちょうどよいのではない?という
老荘思想的なテイストで、しかも漢文的難所がいくつかある、難度の高めのものが出たが、
ここらで、センターラインに軌道修正というところであろうか。
内容的には、一見愚鈍だが実は賢い主人公Aと、これを見抜いている大人物Bの会話で、
A「庶民はみな、はやくあなたに大臣になった方がよいといっている」
B「ではお前はどう思う?」
A「私は、あなたは大臣にならないほうがいいと思う。なったらそれこそ大ダメージですよ」
という正統派の漢文お決まりの「異常言動」が炸裂する。
B「それはいったいどういうことだ?」
聞き返し、Aの持論を聞いて、「なーるほど、ためになった。お前はやはり賢いのう。」
( ゚Д゚ノノ"☆パチパチパチパチ という〆になる。

この異常言動のもつ「矛盾」とその「解決」こそが読解の焦点である。
いわば弁証法的な矛盾論理の調和的克服というロジックの読み解きの教材として
授業で解析しておきたいものが一つ加わったといえる。
とりあえず、星2️ 四つ かな。
posted by Kyuzen Ichikawa at 19:40| センター入試

2017年12月26日

〈44〉先生、小児、ネズミ

 まずは、最近はやりの脳トレ風に。

Q.「先生」、「小児」、「ネズミ」に共通する文字を答えなさい。

        もちろん、漢文絡みの問題として考えてください。
       ・・・・
ノーヒントでわかったら漢文マスターでしょう。

第一ヒントです。
        走るネズミイラスト.jpg
 ネズミは何のために走っているのでしょう。(しかも二本足ですな)
ここでわかった人は漢文力+教養、素晴らしいです。

では、第二ヒントです。
                  小野妹子.jpg

この人は、中学の歴史教科書にでてくる有名人です。
もう、わかりましたか?

そう、答えは、

      「子」
です。
「先生」のことは漢文では子(シ)ですから、
センター試験で、子供のことだと間違えると大変なことになるぞ〜!!
と注意喚起するのが恒例です。孔子、孟子、老子・・・。
だから、代名詞you=「子」で使うときも尊称です。
これが日本にも伝わると聖徳太子や小野妹子となるのです。
昔は◯子とついても、女の子とは間違われなかったのです。

それが、いつのまにやら、女性の名前に入れかわってしまいました。
ちなみに、私の姉の名前は「泰子(やすこ)」です。
もっとも、子供の意味では男女を問いませんね。
さらに不思議なことに、ご存知十二支のネズミは「子」ですね。

これってどういうこと?どこが共通?どうつながる?それが今回のテーマです。

そもそも「子」の漢字の成り立ちについては、諸説あるようです。
単純な字だけにいろいろと解釈できるのでしょう。
ふつうには「頭が大きい乳児を形どったもの」というもの。手を広げ、
乳児だから二本足で立ってないから・・・と。なるほど〜と思いますが、
これでは、子供の意味の説明にとして、現和人に納得せしめるには十分ですが、
先生とネズミはどうなんだい?というギモンに答えられません。きっと、
小野妹子もムッとすることでしょう。そこで・・・
我が愛用の『漢字海』(三省堂)によれば、
「十一月にあたる。陽気が兆し、万物が茂り始める。
 したがって、人の生まれ始めをいう」
中国古代の文献にある解釈だそうです。
これは、陰暦の十一月ですから、今の11月末〜1月上旬あたりになるそうです。
確かに、新年の兆しがあるがまだ出てはこない、そんな生命サイクルのスタート時です。

したがって、干支・子=ネズミではありません。
「第1着〜 ネズミさん」という意味です。1.ネズミ 2. 牛 3.虎
ということであり、子,丑,寅・・・は動物名ではなく漢数字なのです。

「あん、だったら何かい? フーテンの寅さんってぇのは、トラじゃねえのかい?」
「ありゃどう見ても虎にゃ見えやしねぇ、じゃあ寅は三男坊だったかい?」
いえいえ・・・まあ、私が理解する限りは彼は長男。仕事は自由業、テキ屋さんですから、
つまり「第三次産業に従事する方」=「寅さん」という、後付け解釈でいかかでしょうか。

さてさて、物事の始まりとすると、先に生まれた人、さらには元祖・教祖とは「第一」
ということ、ここから道がはじまるのですから、敬意をこめて「孔子」と呼んだのでしょうね。
しかも、師=子=シです。会話上では「孔子」でも「孔師」でも区別はつきませんね。
文章にしてはじめて子になるのですが、表意文字としても表音文字としても
「師」に通じるのですから、妹子さんのように身分の高い人に「子」をつけることは
古代日本においては誉れ高きことだったわけです。

もちろん、「〜から生まれたもの、子供、小さきもの、可愛いもの」
という意味としては様々あり、
電子、原子、遺伝子、因子、粒子、精子、卵子、種子、胞子から
枕草子、冊子、子音、扇子、帽子、菓子、豆子郎、硝子
寺子屋、店子、案山子、金子(キンス)、子分、
天子、皇太子、王子、小公子
桃子、マツコ・・・
のように広く使われるようになりました。

追記) 昔、歌手の欧陽菲菲が日本に来たばかりのとき、テレビにでて
       (台湾出身・代表曲「雨の御堂筋」・「ラヴ・イズ・ オーヴァー」など)
「オザキキヨヒコ」はコがついているから女性かと思って、
実際あったら男でビックリした、という話を語っていたのを思い出しました。
ちなみに、歌手・尾崎紀世彦の代表曲は「また逢う日まで」です。

posted by Kyuzen Ichikawa at 12:33| 漢字の由来と派生

2017年11月21日

〈43〉どんな虫が好き?

虫=insects !?
どんな虫が好き?と小学生たちにたずねれば、
「カブトムシ」とか「チョウチョ」や、
「ゲンジボタル」(おじゃる丸のおかげで)などが挙がるだろうか。
♫オケラだってミミズだって、アメンボだって・・・みんなみんな
生きているんだ、虫たちなんだ・・・ってなことを言いたいのではない。

ここでもし「は虫類」という答えが返ってきたとしよう。
カメやトカゲなんかが好きというのもありだろう。
すると現和人は、「それは虫ではないよ」と教えてやることだろう。

では、なぜ「爬虫類」には「虫」の字が含まれているの?
・・・と切り返されても困らないためのお話 (⌒-⌒; )

爬虫類ってどんな虫?
爬虫類の「爬」は、動物が這うように歩くの象形であるという。
ワニもカメもトカゲも、腕立て伏せしながら移動する。
もちろん、でかいトカゲである◯◯サウルス(大トカゲの意とか)たる
恐竜もこの仲間である。恐竜が虫 !!!???? とはこれ如何に。

現和人は、西洋科学的な、進化論に沿った生物学的系統樹による
生物分類に慣らされているから、爬虫類が「虫」にみえない。

センター試験、2010年本試出題に「老虫」という話がある。
筆者の出身地では虎のことを「老虫」というのだが、
別の地で、ネズミというのを知らず、「老虫」がいる!!
と言われてビックリした〜というエピソードである。

共に哺乳類であるから、爬虫類との共通点を探れば、
「虫」とは漢文世界においては、動物一般を指すことがわかるだろう。
つまり、生き物(animalというとやはりちょっとズレる)
だから、虫=insectではない。insectは「昆虫」という生き物である。

そこで漢文的カルト・クイズと行こう。

古中華人は、一説には、生き物の分類を
昆虫、羽虫、毛虫、甲虫、鱗虫、裸虫と呼び分けたとのこと。
では、それぞれどんな動物達でしょう?
まあ、このうちまともに現和人が認識できるのはおそらく昆虫だけだろうか。
たとえば、甲虫ってカブトムシでしょ?と思いたいところだが、
残念!! これは「亀」である。
羽虫はもちろんシロアリなどではなく・・・・・・

そう、もちろん「鳥」である。
現象論的分類だから、「甲羅」や「羽」をイメージするとよい。
では、この調子で……
毛虫=[             ] もちろん、worm類ではなく・・・
鱗虫=[             ] これはわかりやすいか・・・
裸虫=[             ] さてさて?? 


このうち「老虫」は、毛虫に分類される。哺乳類で
体毛に覆われいればよいから、ネズミだって獣のトラも
毛虫の仲間となるわけだ  ( T_T)\(^-^ )
現和人にとっては、げっ歯類とネコ科の動物として明らかに別物ではあるが、
漢文を理解する(いや、歴史的事象を理解するというべきか)には、
その時代の人々の目線と尺度、価値観と世界観を共有する必要がある。

漢文学習というのは、現和人がもつ価値観を相対化する機会であり、
別の世界ながら、我々に流れ込んで融和している漢文的視点を捉え返す窓口である、
・・・・・・なぜ、漢文を学ぶべきなのか?文法的に漢文解析をするその先には、
そんな世界が広がっていること、授業を通して伝えたいのは此の事である。


答: 鱗虫=[ 魚類 ].裸虫=[ 人間 ]  
posted by Kyuzen Ichikawa at 16:31| 漢字の由来と派生

2017年09月30日

〈42〉 患っていても走れるか?

「疾走」とは速く走ることだが・・・
 疾走という漢字は、英語ではsprintとかdashにあたるそうだ。
つまり、全力で走ること。そこで気になりません?
「疾」は 'やまいだれ()' がついている。
つまりは疾病、疾患の疾である。病んでいるように走る??
患っているのに走る? なんでそれで速く走れるのか???
そんな素朴な疑問を抱いたことはないだろうか?

たしかに、「疾」の中には「矢」が入っている。
古代においては、最速のものの代表格だ。
曰く、「光陰,矢の如し」 
月日はあっという間に過ぎ去ってしまうもの・・・
中学の校長先生が朝礼でよく言ってたな。

だったら「矢走」でいいじゃないの?と思ったりする。
何故に全力ダッシュに疒が付いてくるのか。

『傷寒論』という古典・・・
漢方の古典に『傷寒論』というのがある。
後漢末期から三国時代に張仲景が編纂したとされる中国医学書である。
この「傷寒」とは、主に急性熱性症、たとえば、腸チフスなど高熱をともなう
伝染性・感染性の急性疾患の原因と治療を説く。
これに対して、慢性病のことを「雑病」と呼んだりする。
雑病については金匱要略(きんきようりゃく)』として伝わっている。
このように、古代から、急性病と慢性病の区別はなされていたわけであり、
すでにお気づきのことと思うが、前者が「疾」、後者が「病」にあたる。
あっという間に発症し、(「邪気が人に中(あた)る」)
場合によってはコロリと逝ってしまうのが「疾」。
そういうわけで、「矢」に疒」が付くのである。

それが重篤になれば「病む」という使い分けがあった。
「疾病」という言葉は、すべての病気を合わせた言い方なのである。
もちろん、病んでいてはさすがに速くは走れないから
「病走」という言い方はないようである。

posted by Kyuzen Ichikawa at 07:29| 漢字の由来と派生

2017年08月26日

〈41〉 柳さんと楊(ヤン)さん

家族のスケジュールもあわず、仕事もギュウギュウのこの夏、
とくにバカンスとはいかなかったが、実はひとつだけイベントがあって、
こんな写真を撮ることができた。

salix.JPG

写っている人の大きさからわかるように巨大な柳の樹である。
樹齢は100年を越しているだろう。
北海道大のキャンパス内の光景である。
実は、高校二年生になる息子が、北大のオープンキャンパスに行きたい!!
と言い出して、急遽、GHSの土曜の授業後に、東京駅で待ち合わせ、
羽田から札幌に飛んで、日曜日の夜に長野にもどってくる
という強行軍に及んだ。仕事などで北海道を訪ねたのは、
これまで冬ばかりだったので、爽やかな広い空の北の大地を堪能できた。

さて、本題。
「柳」と「楊」はともにヤナギだということをご存知だろうか。
つまようじは、「爪楊枝」と書く。
つまり元々はヤナギを削ってつくったものだ。
(ただし昨今目にする「ようじ」は違う木がほぼ100%)
なぜ、おなじヤナギに二つ漢字があるのかというのが最初の問題。
学名.JPG

樹に接近すると、さ〜すが、ちゃんと学名が書いてある。
「サリックス・バビロニカ」と読める。
私たちが普通に目にするしだれ柳の学名である。

これに対して、西洋シロヤナギ(White willow)というのがあり、
学名をsalix albaという。こんな感じの樹。
salix alba.jpg

もっともヤナギというのは世界中に何百種類もあるらしく、
写真一枚きりで語るのはどうかと思いはするが、またとにかく違うらしい。

どうして、そんなにヤナギに思いを寄せるのか?というのが次の問題。

実は、このsalix albaの樹皮から抽出されたのが「サリシン」である。

そして、このサリシンから、「サリチル酸」が単離され、やがて、
「アセチルサリチル酸」すなわち‘アスピリン’という解熱・鎮痛薬の
人工合成に成功することになる。1897年のことである。
人類初の人工合成薬のアスピリン(独・Bayer社)は、
世界一売れた薬としてギネスに登録されている。

ヤナギは、古代ギリシアの医聖ヒポクラテスの時代から、
生薬として鎮痛作用が知られており、その中で選ばれしヤナギが、
salix albaだったのである。
当然に、これで楊枝をつくれば、歯痛の鎮痛になるわけだ。

もっとも今は、ヤナギ楊枝は高級贈答品扱いだし、歯痛のときは、
そんな一時しのぎに頼らず、歯医者にいくことを勧めるが……。

今や「柳」といえば、井戸の側のユーレイの背景アイテムと化してしまっているが、
実は、このサリシン等の生理活性作用によって、ヤナギの生命力は極めて強く、
古来ヤマトより、早春の青柳は、春の息吹きの先駆けだったのである。
強固な根を張ることで、水辺に植樹され、土手を守ってきた。

『医大受験』の医薬エッセイ連載では、こんな話を綴ったが、
北大の、ケタ違いに大きなsalixに出逢って、その生命力を再感した次第である。
posted by Kyuzen Ichikawa at 12:04| 漢字の由来と派生

2017年05月31日

〈40〉磁石と滋賀県

電磁気力学の窓
GHS体系物理の授業は、力学・熱力学を終えて、6月から電磁気力学へと進む。
1学期の間に、高校物理のすべてを体系的に再履修するカリキュラムである。
他の予備校のように(?)高校時代の履修を前提とした演習授業はしない。
土台のないところに種を蒔いてもろくな収穫しか得られないからである。

さらにGHS長野校では、個別指導をしているので、高校3年生にそんな授業を行っている。
ある高3生(一応東大志望)は、波動(力)学も終えているので、電磁気力学があと二回程度でおわり、
一応、高校物理の体系的履修が修了する。実に、羨ましくもある高校生活である。
そんなGHS体系物理のテキスト(HPで公開中)には、イントロ部分に、
磁気とは何かの流れで「磁石」の話が出てくる。
もっとも、静磁気そのものは入試ではほとんどでないので資料的な扱いとなる。

さてさて、なんとも長い前置きだったが、ここからが漢字の話である。
素朴な疑問、“ 磁石の「磁」って、滋賀県の「滋」と似てるね? どうして?” という話。

磁石の「じ」
実は、磁石の「磁」は、同じつくりの、慈悲の「慈」につながる、という説がある。
昔々、中国に「慈県」(ツィーシェン)という鉄鉱石、磁鉄鉱の産地があったそうな。
なんでも、その石は、他の石を引きつける不思議な力がある。それはまるで、
仏が慈悲でもって、人を引きつけ、あるいは母が子を慈しむようだということで、
磁石(ツーシー císhí.)と呼ばれたと。すでに中国に慈県は存在せず、この説に確たるものはないが、
漢字の話としてはマル適である。

ちなみに、マグネットのもととなったいわれるギリシアのマグニシアの地名は今も実在する。
曰く、

磁石を意味する英語の「マグネット」(magnet)は、
 Magnesia.jpgギリシャ語で「マグネシアの石」を意味する
 「マグニティス・リトス」(μαγνήτης λίθος)
 に由来するという説がある。
 この地域では鉄鉱や磁鉄鉱だけでなく、
 マグネシウムやマンガンが産出されることが、
 古くから錬金術師達に知られていた。
 [https://ja.wikipedia.org/wiki/マグニシア県]


磁石、洋の東西を問わず、というところか。

滋賀と茲
 そこで滋賀県の「滋」であるが、これは例によって、表音文字である。
滋賀の由来については、諸説あるが、元々は帰化人の「志賀」一族の住んだ地である。
志賀直哉、志賀潔、そして長野の志賀高原も、この一族とつながりがある。
古代よりこの一族とそれにかかわる地名等は、「志賀」「志我」をはじめとして、
「之加」「之賀」「思賀」「思香」「思我」「四可」「四賀」「然」などと
表音表記されてきた歴史がある。
そして、明治廃藩置県のときに、「滋賀」という漢字を当てた。
では、「滋」とは?
そのつくりの旧字体がである。
「シー」という表音文字で、此、是、斯と同系音として、
指示代名詞に転用され、「これ」と訓読し、また、指示副詞として「ここ」と読む。
    「茲に」=ここに=hereby
この代名詞用法はかつて、センター試験にも東大理系の漢文にも登場したことがある。
『漢文解析』の読者は、代名詞の項に追加しておいてもらいたい一字である。
posted by Kyuzen Ichikawa at 16:38| 漢字の由来と派生

2017年04月30日

〈39〉『漢文解析』は一部の人のために

 『漢文解析』は東大理系受験生への“応援歌”
 今年も新学期を迎え、新たなスタートを切った。
とはいえ、物理と化学のクラスを分け、体系化学は1,2,3としたものだから、
(体系化学blog参照のこと)、漢文をレギュラーでやるコマがとれなくなった。
そんなこんなで開店休業状態の「市川商店」であるが、(その分bolgも休止・・・)
夏期の早いうちに集中授業をする予定である。
それまでにGHS生には『漢文解析』を精読・熟読しておいてもらい、
ライブの漢文授業に満を持して望んでもらいたいと思っている。
 ただ、それまで何もしないのも忍びないので、例の『漢文句法基礎ドリル』の指導を、
目下、漢文解析における最高弟であるGHS田川講師に任せているところである。

田川先生は、京大の理学部卒であるが、学問のあらゆる分野への興味は尽きず、
化学・物理はもちろん、直接は2次試験にない漢文の授業も嬉々として受講していたのが、
ついこの間のことのようだ。・・・そう、『漢文解析』は彼のように、理系ながらも、
漢文に興味をもち、漢文の精神世界に憧憬を抱く人のために書かれたものである。
それは、文系出身でありながら、理系へと進んだ私でなければ書けないことがあるから、
そして、「あとがき」に書いたように、ドイツ語・中国語など諸ヶ国語を学んでから、
理系受験生となった“カブキ者”であってはじめて見えた風景があったからである。

だから!! いやいやながら、センター試験にでるから仕方なく漢文を学ぼう、
できれば最小限の時間で、要領よく満点がとれればいいな・・・という心映えの者には、
『漢文解析』は1ミリも響かない。当然である。
もっとも、最初はそういうところからはじまっても、やがて漢文への学びに心が赴き、
しかしながら、その非論理性に違和感を覚えつつ、努力を続けてきた人への、
“溜飲の書”たることを企図している。胃薬でいえば、PPIレベルといえようか。

ご存知のように、理系ながらに二次試験国語の1/4の配点で漢文を課す見識をもつ東京大学を
(注:すでに述べたように名古屋大学も医学部には漢文を課す)目指すならば、
古文はもとより、漢文は避けて通れない。避けて通れないものならば、
堂々と雄々しくど真ん中を闊歩すればよかろう!! 
そんな、私が受験生のときの信条に共鳴できる者だけに響けばそれでよい。

安易に学んだ漢文なんぞ、その後の人生に何の役にも立たちはしない。時間の無駄である。
ーー直接役に立たないことは受験勉強には多々あるが、漢文だけは一生モノであるーー

『漢文解析』はそんな意味で、各人の漢文への向き合い方を映す「手鏡」でもある。
posted by Kyuzen Ichikawa at 11:18| 漢文解析事始