2021年11月09日

[60] 「早起きは三文の・・・」

早起きしても三文か
 たまたま早起きすると、「早起きは三文の得」という言葉が浮かぶものですが、とはいえ実際に得したというケースもそんなに思い浮かばないものです。
 否、「二束三文」程度なら、時間ギリギリまで寝ていた方が得ではないか、と思いつつ目覚めてしまったものは仕方なし。

 実は、「早起きは三文の徳」ともいう。得も徳もどちらもありなのだというのが通説のよう。
というのは、例によって元ネタは漢文にあり、それを時と場合により和人たちが縦横に解釈して出来上がった和製の諺だからです。

『午睡戲作
早起三朝當一工 
老來貪睡不相同 
偶然一次五更起 
卻用重眠到日中 

これは南宋時代の官僚政治家・楼鑰 の七言絶句にあり、

早起三朝 一工に当たるも 老来 睡を貪ること相ひ同じからず
(3日間早起きして仕事をすれば一日分になるけど、年取ってくると早起きより寝るのが優先だ)

偶然一次 五更に起くるも 却って重眠を用って日中に到る
(たまに早起きすることはあるが、そんなときは二度寝してしまい、起きたら昼だったりする)

と、実に共感できる話。なんじゃい、全然得してないやんか。

そもそも年寄りになると睡眠時間短くなって自然と早起きになるんじゃないの?とツッコミたくもなります。でも、そういう高齢者って、9時くらいには寝ていたりしているので、4-5時の早起きは当たり前なのですが。

多分、この作者は、いい歳になっても、夜中まで仕事しているか、あるいは、単に飲んだり騒いだりしていたのかもしれません。夜更かししているのに、早起きするのは心と体に良くないです。

だから、「頑張って早起きして、冴えた頭で勉強しましょう!!」 という受験生へのエールでないことは確かです。勤勉な古和人達は、これを切り取って、真面目に解釈したようです。そしてやがて「早起き」が何だか良い事になってしまうわけです。


早起きして何がある
 実は、これもさらに元ネタがある、という説があります。次のような対句の諺です。

早起三朝當一工, 早起三秋當一冬   (客家諺語)
(3日間早起きして仕事をすれば一日分になる、三年早起きするならば一冬分に相当する)

こちらは、どうやら真面目系の話のようです。つまり、「早起きは、三日坊主じゃだめ、三年続けなきゃ。そうすれば一冬分の仕事をやったことになる」ということですから、現和人が都合よく解釈しているような「たまたま早起きして、ちょっと得した気分」っていうような意味は、要するにどちらの元ネタにも無いわけです。
 受験生に送るなら、「継続早起きは力なり」です。


改めて、早起きして三文しか・・・?
 実は今年、娘が中学生になり電車通学となってから、我が家が早起きモードになっています。
長野の私鉄ですので、大して本数もなく、満員でも無いのですが、学校の方からは(コロナ対策もあり)、
乗るべき電車が、学年によって指定されていたりするのです。

 娘は、当初こそ頑張って歩いて駅まで行っていましたが、さすがに、部活だの試験だのと色々と重なってくると、やはり朝駅まで送ろうという流れになり、じゃあついでに早起きするか、という殊勝な気持ちになり、スカッと起きた日には、なんと7時過ぎにはすでに職場に向かっているのです。
 すると就業開始の一時間ほど前についてしまい、職員駐車場もガラガラ。
「すごく早いですねどうしたんですか??」
「朝イチで見かけましたよ。早いですね」と会う人ごとに言われます。(それを目撃した君達は何なのよ)

そんなに早く行っても、チーム医療の現場は、やるべき仕事はないものです。
そこで、こんなブログ書いたり、テキストに加筆したり、問題解いたり・・・ととても有意義な時間を過ごしています。
もちろん、こんな朝一が重なると、結構いい仕事になったりします。おお、客家諺を実践しているぞ!?

そして、ある日、週末の授業の疲れが溜まったのか、家族の誰よりも早く寝てしまい、5時過ぎに目覚めてしまいました。もうすでに明るくはありますが、日の出まえです。そして、しばらくすると・・・

朝焼け.jpg


群馬方面、万座・草津の2000m級の山が日の出のつい立てとなり、鮮やかな朝焼け空です。
夕焼けと異なり、鮮烈・清新さがあります。段々と光が増して明るく白くなっていく、その手前の貴重な瞬間です。

毎日こんなキレイに見えるわけではなく、季節と天気、特に空気が特にキレイで、気温が下がってきた信州の秋ならではの色景です。少し雲があって、オレンジ色を映しているところなんて実に素敵です。

三文以上の価値があるのは明らかです。
posted by Kyuzen Ichikawa at 10:49| 閑綴帳

2021年10月15日

[59] 謝辞

謝辞
1 感謝の意を表す言葉。
2 非をわびる言葉。  (出典:デジタル大辞泉)

どちらも、述べる気はありません。

「ありがとう」と「すみません」という全く異なる状況を同じ「謝」で表すということに対して、
これはどうして?  という問題を考えてみたいと思います。

仮説1   そもそも別の漢字であったが、後に一つの文字に集約された

仮説2   異なるシチュエーションに見えるが、実は共通点がある。

さてどちらでしょう?




まあ、『漢文解析』の読者であれば、迷うことなく(?) 仮説2を取ることでしょう。

では次の問題です。「感謝」・「陳謝」・「(面会)謝絶」の共通点はなんでしょうか?

?????????????????????????????????????????????????????????????

その答えは・・・




「立ち去る時、別れる時にいう言葉」であり、
「何かその場に必要な・適切なことを言って去っていく」という行為です。


「どうもありがとうございました。では、失礼します。」
「大変申し訳ありませんでした。では、失礼します。」
「今は面会はできる状態ではありません。お引き取りください。」
等々。


新陳代謝 
metabolismの訳語としての、明治時代の造語です。
実は、この訳語を作ったのは、なんと、かの夏目漱石です。

ご存知のように、明治の文豪は、森鴎外にしても、夏目漱石にしても、漢文の教養は当然のこと。
本格的な漢詩も、ふつうに作れる実力がありました。

余談になりますが、昭和初期の東大の入試問題を見たことがあります。
「外国語」の試験にはこんな問いがありました。

「次の和文を、英文ないしは漢文に翻訳せよ」

つまり、英作文か漢作文は自由に選べた、つまり、漢文と英文は同等の地位にあったということです。
否、英語使いはまだ新しく明治以来半世紀ほど、漢文受容の1500年渡る歴史に比べるにも及ばない
・・・ということだったのでしょう。今から見ればまさに隔世の感があります。

さて、閑話休題。

上で述べた「謝」の意味と、「新陳代謝」とはどう繋がるのでしょうか?

これが最後の問題です。


陳皮
チンピは、市販の胃腸薬には必ず入っている漢方由来の芳香性健胃成分です。
飲みすぎ、胸やけに太田胃散(分包)│太田胃散飲みすぎ、胸やけに太田胃散│太田胃散
実は、ミカンの皮を乾燥させたもので、要するに古びてカラカラになった皮という意味です。

「陳腐な表現」とは、言い古された、古臭くて、新鮮味のない表現です。
たとえば、「それって荒川線みたいな路面電車でしょ?」「あなた、それはチンチン電車でしょ!!」という感じです。

「陳旧性脳梗塞」「陳旧性骨折像」というと、新鮮(こういう言葉を使う)ではない、過去の事例であることを示します。

すなわち、「新陳代謝」は新しいものと古いものが入れ替わることです。
でもこれを「新旧代謝」と言わないところは、流石に漱石です。



漱石の漢籍的教養
おそらく、造語に当たって、漱石は用例として次のような出典を参考にしたのでしょう。

漢代の古典『准南子(えなんじ)』には、

 代来謝去  代り来たり謝し去る

(新しいものが来て入れ替わり、古いものが去ってゆく)


陶淵明の詩には

 寒暑有代謝  寒暑に代謝有り

 (冬と夏が入れ替わり来る=月日が経つ)

句があります。


また、孟浩然の詩では

 人事有代謝 往来為古今  人事に代謝有り、往来古今を為す

 (人の世のことがらには移り変わりがある。去るものと来るものがつみかさなって時の古今が形成されるのである)


という一節がみえます。


要するに、「代わる代わるやって来て、さようなら、またね〜と言って(謝して)去って行く」ということですね。


posted by Kyuzen Ichikawa at 23:14| 閑綴帳

2021年02月04日

[58] 第二日程の漢文って如何(どうよ?)

本試・追試と第一日程・第二日程

 これまでのセンター試験において「追試」は不可避のトラブル等による許可制であり、希望しても受けることはできない。当然追試者はごく少数で、問題が新聞にデカデカと載ることもなく、出題内容についての分析コメントなどもなく、赤本とか見て初めて「んー?!?!」と思うのがふつうであった。 

 しかし、今回は、コロナ休校による学業の遅れ等への配慮から、生徒の判断で日程を選べるという前代未聞の試験。しかも、今回からセンター試験改め、「共通テスト」の節目。どんな変更があるか、どんな新機軸があるか・・・それを見極めてから第二日程で勝負する=「後出しジャンケン」の方がいいんじゃないか・・・という戦略もありでしょうな。だから、私の予想としては半々、少なくとも1/3くらいは第二日程に回るかと思っていたのであるが、実際は・・・豈図らんや、


「第2日程を志願したのは718人で、追試に回ったのは1721人。・・・共通テストは大学入試センター試験の後継として今年初めて実施。コロナ対策で日程が二通り設けられ、16、17日の第1日程は約48万人が受験した。」 [ https://www.jiji.com の記事より]

なんと、第二日程を志望したのは、雪や病欠で止む無く回った人数を合わせても1%を大きく下回った。

本試・追試の難易

 昔から、追試の方が難しいのは定番。実際の問題も、少しひねくれたもの、やや応用的なもの、解きにくい感じのものは、追試に回され、優等生的・模範的的問題が本試に出るのが相場だった。というのも、受験生だけでなく、全国の高校・塾・予備校の先生たちの評価に晒されるので、なるべく良いもの、無難なものが本試にでる。だから、追試はなるべく受けたくない、得点が上がらない。ゆえに、共通一次からセンター試験を見てきた大人達にアドバイスを求めると、「無難に第一日程がいいんじゃない」となるものだ。それに加えて、1月末では私立のの入試真っ只中だから、こんな極端な偏り具合となったのではないか・・・。 

 しかし、来年度はこんな特別措置は(コロナワクチンが予定通りすすめば)なくなるだろうから、こんな分析も来年の参考にはならないか〜(_ _).。o○

第一日程と第二日程のスタイル

 ところが今回は、第二日程ということで、早めに問題と正解、そして分析コメントまで見ることができた。まあ、端的に言うと、どちらも、従来のセンター試験と遜色(いや変わり)なく、どこが共通テストかぃ!!・・・としか思えない。複数の文章を読んで思考力を云々・・・たった20字くらいの漢文をくっつけて体裁だけ作って。漢文的にはこういうのを「姑息」と言う。何でもかんでも新しくするのは無理だよ、漢文のスタイルに新しいとか古いとか求めるのがナンセンスなんだ、と出題者の本音が伝わって来るようだ。

 そもそも考えてみよ。もし、全く新しい「思考力を見る」問題が作れるなら、入試受験界のことだ、もうとっくの昔にトライアルされているはずではないか。漢文問題に求める学力と知識が変わらないのだから、何をやっても漢文は漢文、それを奇しくも、いや見事に証明してくれたと言えようか。

第一日程と第二日程の共通点

 両問題を眺めてみて気づくこと(否、私としては不満点)は、ともに'ノンポリ'であること。
儒学は要するに政治学、統治の術、処世術。老荘思想もその対極軸である。両問題ともその匂いがしない。だからノンポリシーと言ってよかろう。
 第1日程は、馬術について「人馬一体」、第2日程は書道について「生涯修行、努力は天才を作る」が主旨。現在にも通じる内容なので、「社会科目の選択や背景知識によらない中立性」という出題指針(そういうのがあるらしい)は満たしている。とはいえ、JRAのおかげで馴染みのある前者に対して、書を極めるっていう境地は素人(私も含めて)には分かり難いなぁと感じる。「墨池」=池が墨で真っ黒になるほどに書く??? 何それ、水質汚染? 太陽光届かず、藍藻類死滅?・・・いやいや墨で汚れを吸着して返って水がキレイにならないか???・・・なんて余計なことを詮索してしまいそうだ。

 ノンポリ???  おいおい、ちょっと待て。昨年本試にでた漢詩は老荘テイストだろう?
2019は、儒教の敬親尊祖テイストだろう??・・・ 老荘・儒教ネタは、今まで散々出しているじゃないの。これは漢文である以上、不可避のことだ。それが漢文世界なのだから。その色彩がより薄い方が本試に回される・・・そういう傾向があるような無いような。
 だから、両方ともノンポリというのが「共通テストとして実に斬新だ!!」 と言っておこう。(褒めてないし)

第一日程と第二日程の難易

 設問としては同程度だが、問題文としては、第一日程の方が明らかに易しい。第二日程も、主旨としてはわかりやすい話であるが、漢文として重たい修辞表現の連発で、まあ、格調高い感を出している分、受験生には読みにくいだろう。
この文章の性格上は仕方ないのだが、文法的には頻出では無い句法・使い方まで射程に入れておかないと迷うところありだ。
内容的にも、書道の話と思ったら、「学」とか「道徳」とか言われるから、ふつうの若者にはハードルは高いかと思う。
その意味で、二択ならば、人馬一体の方が、共通テストの第一に選ばれたのは首肯できるところだ。

さて、来年もノンポリ路線なのか、儒教・老荘リターンか。
何れにしても、やっぱり漢文は漢文だということは不易也
posted by Kyuzen Ichikawa at 10:03| 閑綴帳

2021年01月27日

[57] 共通テストの漢文って、どうよ

忘れる間も無く・・・
一年前の最後のセンター試験については、「漢詩は忘れた頃にやってくる」と言いました。
そしてまさかの、漢詩の連投となりました。
内容的には、馬術の極意は「人馬一体」なり、というだけのことですので、儒教思想も老荘思想も出る幕はありません。
これは、文章としては昔の国語Iのレベルじゃないでしょうか。

いやいや、その前に・・・
どこが変わったんでしょう?????  どういうところが共通テストとしての変化なのか???????????

あえて言えば、「儒教思想も老荘思想も出る幕なし」という所でしょうか。
昨年は、老荘的テイストの漢詩でしたが、これは何ら思想的背景や前提なしに漢文力だけで解けます。
倫理や世界史の助けはいらない。つまり、漢文の精神世界の理解は土台として要求してないということです。

「人馬一体」は、JRAでも同じことです。
最先端のスポーツカーだって「人馬一体」が理想なんだから、言いたいことを掴むのは容易です。
漢文がふつうに読めればいいわけで、難しいのは、問2や問4で文法力が絡むところくらい。

いやいや、だったら・・・
前提知識なしに読める、社会選択による不公平がない、それは良いことに聞こえます。
しかし、そこに限定するともはや漢文ではないのは確か。
だって、昔から儒教テイスト、老荘テイストの漢文はふつうに出され続けています。
じゃあ、たまたまなのか・・・・。

いやいや、だったら今年の古文は何なんでしょう。
場面は、平安時代の葬儀です。バリバリに宗教絡みでしょう。
現代にはその慣習も形式も、かけらも残っていない。現代の若者にとってそれだけで「難問」です。
平安時代ですから、仏教は入ってきてはいますが、今の葬式とはほぼ別物です。
さらに当時の貴族レベル死生も違う。セレモニーの様式等々は、現代人からはそもそも理解困難です。
それについての絵とか(漢文にあるくらいだから)ついてても、バチは当たるまい!!(これも宗教的ですな)

しかもそこで和歌をやり取りしているわけで、??????????? この心情に二重化するのは難事です。
漢文に対して、古文はこのハードルのために出来が良くないことでしょう。

そういう葬儀文化の隔たり、死に対する心情の歴史的変化、しかし、そこに流れる和人としての共感・・・・。
そんなのを求めるっていうのなら、文法と単語と敬語しかやらない高校の授業を何とかしないと・・・・。

・・・とすると、古文と漢文で「通テスト」としての共通項が見えません。

いやいや、だから・・・
だから、共通テストでやりたいことが見えません。
現代文では形式に変更が見られはしますが、漢文のどこか変わったの????
まあ、古文も漢文も、複数の資料を読み比べて云々ということだけ「新しい」んでしょう。

いやいや、漢文というものの問い方は、そんなに変わらないのかもしれません。
むしろ、こんな読みやすい文章が出たことに甘んじて、今後共通テスト漢文をナメてかからないことが肝要かと。
続きを読む
posted by Kyuzen Ichikawa at 17:07| 共通テスト

2020年07月15日

[56] サンデー漢文な日々

漢文法基礎ドリルver.4   EB更新
 私の住む長野県では、道路など「県外への遠出は自粛しましょう」的な電光掲示板が。
長野市に移り住んで、もう十数年になりますか。
この間、週末には新宿GHSに新幹線で通い、一泊して帰るという生活を年々歳々。
それが当たり前でしたから、週末こちらにいるのに違和感さえあります。

でもさすがに、仕事柄(本業の方)、首都圏での仕事は控えるべしとの判断にて漢文オンライン授業、「サンデー漢文」は粛々と続いております。

でもって、『漢文解析』の姉妹編、『漢文法基礎ドリル』2020年版、Ver.4ですが、授業とともに加筆修正など施し、本日、第1章 文型論と第2章品詞論までの60頁ほどをGHSのHP テキスト公開コーナーにアップしました。

でも、序章に1ページ文章を加えただけで、この辺りまでは、そんなに変わりません。今年の仕事は、ドリルの方の解答解説のデータ化です。

漢文って、やり始めると、次々に世界が広がって、時間がかかるのです。
ひとつの文の文法解析をやる、では、その一文は、どんな時代、誰が、どんな状況で発した言葉か・・・これはいくらでも調べられるんですね。

そうすると、キリがなくて、「時間があるときでないとできないなぁ・・・」というのが遅筆の言い訳。

ところが、「サンデー漢文」として今は、一コマがポツンと独立していますから、土曜日の夜から、日曜日の午前中一杯は、とりあえず漢文だけの時間に充てることができるのです。

それはそれは幸せな、充実タイムです。
これまでは、上記のような深入りを避けて、文法解析に集中してのプラスアルファ蘊蓄としていました。しかし、ドリルの特性上、会が進むと、同じー文が文法的なフォーカスを変えて再度出てきます。さすがに今度は、前後の文も入れての解説になったりします。すると何倍も語ることが増えてしまいます。

もしも〜、解説を書いたなら 
その分、解説も量が嵩んできます。本文自体は、120頁ほどのボリュームですが、ドリルはよせばいいのに16まであり、取り上げた文(ほとんどが単文)だが、思い立っていまカウントしてみたら、395ありました。

参考文献資料は8冊あって、漢文句法・句形関係関係の市販物。かなり昔のものもありますが、漢文にとってはまあ誤差範囲です。さすがに、漢文専門や大家の方が収集した珠玉の漢文の単文・短文です。それらを元にして、しかし、こちらの漢文法体系に従って、全く異なる配置にし、整序し直したものです。

しかし、395個とは我ながらやりすぎた。ようそんなことやりましたな。
漢文をやり始めるとこうなるから、コワイんですよ。
走ーり出したら止まーらない(「〇〇の大冒険より」)

さて実際、ドリル各問に解説つけるとすると、1ページで5問くらいしか入らないものです。

すると単純計算で少なくとも80頁になりますね。もちろん、まあ、それでは絶対収まらんでしょうから、もしかすると、ドリルの解説の方が120ページを超えて厚くなるという逆転が起こるのはほぼ間違いなしです。

サンデー漢文に託(かこつ)けて、パワポ作りと並行して解説書きを愉しんでいる此の頃にて、いつ果てるとも知れぬ旅路の感ありです。

ドリル9まで行ったら、センター試験過去問演習に入ります。
そして、その中で出てきた構文をドリルする、というスタイルに移行します。

なので、ドリル9までの解説が整ったら、HPにアップするつもりでいます。
未定な予定です。

posted by Kyuzen Ichikawa at 17:07| 閑綴帳

2020年05月26日

[55] 以和為貴

以和為貴は第何文型?
 言わずと知れた、十七条憲法の最初に出てくる文言です。
もちろん、日本史ではなく、漢文解析の授業ですから、文法的に第何文型か、と問います。
文型論は、『思考訓練・漢文解析』または、『漢文句法ドリル』配信@にある通りですが、いわゆる英語の5文型に準じて答えてもらえればよいです。

答えは、SVOCの第5文型です。ただし、漢文では、‘均整の美学’の下に、OVCという配列となります。つまり、この以は、byとかwithとかの「もって」ではなく、目的語を先置するときの目印の用法であり、前置詞というより記号詞と捉えるとよいと思います。

 「和をもって貴しとなす」こんな昔から、和人の名の通り、「和」ないし「輪」を大切にする民族です。現代において、様々なカルチャーが流入し、価値観が分散し、個人主義もそこそこはびこっている現和人ではありますが、やはり、いざ事ある時はこの本性が発揮されるものなのでしょう。

みんなで拡げよう、対コロナの和
 日本人は、法律で規制されず、罰則もないのに、コロナで自粛生活を続けて、感染者・死者数を世界でも驚くほど低く抑えている、ということが他国メディアから見たフシギとなっているようです。
 中国でも欧米でも、政治家の強力なリーダーシップにより、都市を封鎖し、警察が取り締まり、感染拡大を防ごうとした。しかし、日本の政府は、そんな強力なリーダーシップでもなく、補償も定かではない「自粛のお願い」なんぞで、とりあえず感染が収まっている。これを見ると、ガイジンさんたちは、Why Japanese people? と叫びたくなるのでしょう。
アベシンゾーは、一応、私の地元、下関の選挙区から出た久しぶりの首相ですから、チョーシュー人としては応援したい気持ちはあるのですが、(もはや、住民票もないし) 「やっぱリーダーとしてどうなのよ」と言いたくなります。
その点が、余計に、日本のコロナ対策の結果を、摩訶フシギなものに見せているのでしょう。
BCGのおかげ??  ウィルスの型が違うから???  ハグやキスを人前でしないから???? 諸説飛び交っています。

Why Japanese people ??
 そんな時は、往々にして、歴史を紐解いてみることが有効です。和人は「一丸となること」が好きなのです。ラグビーも、Oneteamというのがウケる。特に、帰化した人も一緒に頑張ってOneteamという図は、昔々から度々あったことでしょう?
一糸乱れぬ隊列の女子パーシュートが、世界を驚かせたように、ここぞという時の「心1つに」が得意なのは和人の本性です。これが、現今のコロナ国難で、現和人全体で発揮されたのは間違いないでしょう。

それを支えるために、タレントもスポーツ選手も、できることを精一杯やって、励まし合いながら、Oneteam !!だから、そんな時、和を乱すヤツは、吊るし上げに合う。パチンコの人、サーフィンの人、夜間営業の人・・・。みんなで頑張っているんだからさぁ、なぜ、君たちはこの輪に入らないのかっ--------!!!!と、やがて怒りにまで発展する。「正義感」の根っこにあるもの。

「なぜ、法律で、罰則もないのに自粛できるのだ?」と訝しがるガイジンの方には、日本の歴史と文化を学ぶよい機会です。
その答えは、
  「和人には、法律よりももっと強力な規範があるから」
です。
ボスが大号令をかけなくても、罰則で脅さなくても、アメで吊らなくても、「結束」こそ貴い。
 「選手たちが一丸となってよくやってくれました」という甲子園での監督のコメントを何度聞いたことでしょうか。
そこでさらに、もしその和の中に、カリスマ性のある、憧れを持てる頼もしいリーダーが出てくれば、その和の精神は、完璧で、最高のパフォーマンスを発揮します。大阪の事例を見たらよくわかるでしょう?
 私は、数年京都に住んでいましたから、それなりに想像するのですが、あの関西の酒飲みのおっちゃんたちが「夜遊びなぞせんで、家で大人しゅうしとれぃ」といわれて、ふつう言うことキカへンでしょう?
「じゃかましいわい、ワシの勝手じゃい! コロナかパロマか知らんが、アルコール消毒じゃ」とかいうて呑んだくれるかと思いきや、東京よりもピシッとまとまりましたね。そんな和人ってステキだと思いますよ。

 もちろん、この和の本性が、ダメなものに向かうことも屡々です。なんとか省の仕事が遅くて補償1つ、財源1つですったもんだしているのも、また、この「和の精神」の発露でしょう。官僚さんたちが和を尊んで、各所にハンコ回しや根回しなどている暇があれば・・・。
posted by Kyuzen Ichikawa at 14:36| 閑綴帳

2020年05月17日

[54] オンライン漢文

ご多聞に漏れず
 すでに、GHSでは連休前からzoomを使ってのオンライン授業を開始して、はや1ヶ月。
それでもやはり、慣れとか、新たな準備等あるため、漢文解析の授業だけは連休明けの開始にしてもらいました。
しかも、サンデー漢文。日曜日、午後のひと時、漢文に触れる時間です。・・・・化学と併せての一日4コマは、オンラインではキツイかなあと感じて、当面、日曜日に飛び地したわけです。

5/16、日曜日に、満を持しての第1回授業でした。
まあ、これまでも「テキスト+ PowerPoint」、後期が「テスト+PowerPoint」というスタイルでの漢文講義をやっていましたので、オンラインになっても特に大した苦労はありませんでした。

オンラインでテストってどうよ
 初回恒例は、ご挨拶がわりの「漢文単語+基本句法」の小問50問テストをします。
これまではテストプリントを配布するので済んでいましたが、今回は、パワポでフリップ形式の出題にしました。それをノートや用紙に解答して、終わり次第5分以内に、ケータイで写真を撮ってもらいます。そして、LINE WORKSに作ってある「漢文解析」グループ内、私宛に送信することにしたのです。

 さすが、現代の若者です。20人ほどおりますが、うだうだ説明せずとも皆ちゃんとできるんですね。それをパソコンのLINEアプリで受けて、画像アプリで開き、上書きして採点して返却送信。結構手際よくできました。すぐに、確実に返却できるのも利点です。

テキスト公開コーナー更新
 GHSのHP上に、テキスト公開のコーナーがありますが、今年、ちょっとリニューアルしました。
EB(電子ブックのこと)形式で、画面上でページが捲れるようになっていますが、今年、EB作成サイトを変えてみました。同類のソフトで何が異なるまでは知りませんが、読みやすくなった感があります。
今年度、『漢文句法ドリル 』はVer.4であり、大きな変更はありませんが、そこここで文言や配置を整えています。イントロの「序章」を加えたのが新しいくらいです。

 毎回、授業範囲を10数ページほどEBでアップし、予め読んでおいてもらい、授業に臨むというスタイルです。授業で扱う「問題ドリル」は、pdfでLINE WORKSに配信し、各自プリントアウトします。漢文ながら、最先端テクをふんだんに取り入れた形態になってきてしまっています。

 毎週、少しずつ配信しますので、ペースに合わせて漢文を再度学び直す機会とされるのもステイホームの折々、一興かと存じます。ただし、無料アカウントなので、掲載期間は1ヶ月となっています、ご注意を。
posted by Kyuzen Ichikawa at 10:18| 閑綴帳

2020年01月22日

〈53〉今年のセンター試験

忘れた頃に•・・の「漢詩」
 漢詩が単独で本試験に出題されたのは、1992年のこと。
このタイトル名を「放鷹」としておこう。
その後、1998年は、今はなき「国語I」という易し目の科目で出ていた。
これは少数派の試験なので、過去問集に収録されていないこともある。
これを「別歳」と呼ぶことにする。
文章の中に短い漢詩が入ったものが2007年。「科歳」としておく。

履歴としては都合三度。今年こそは漢詩かも・・・と言われ続けて、
オオカミ少年を遥かにオーバーしての出題である。

さて、受験生は対策ができていただろうか。
油断大敵、〇〇は忘れた頃にやってくる。
そのための十分すぎるブランクがあった。
面食らった受験生は多かったことだろう。
その意味では「難化」である。

かくいうGHSでは、「放鷹」,「科歳」,「科歳」すべて解析済み。
いつ来ても良いように、過去問演習カリキュラムに組み込んである。
これで、4番目のサンプルが追加できるゆえ、祝辞しかない。
その中身は『センター過去問解析10』Vol.1(近日公開)に譲るが、
端的にいうと、
漢詩だって、しっかり文法解析した方がわかりやすい
ということである。
漢詩となると文法云々と馴染まないような先入観は誤り。
文法の基本は守られており、そこに漢詩ゆえの破格があるだけである。
文法の基本がわかってないと、漢詩の文法の独自性は見えないものである。


『文選』謝霊運となっ!!
385年- 433年 中国東晋・南朝宋の詩人・文学者。この時代を代表する詩人で、山水を詠じた詩が名高く、「山水詩」の祖とされる。政争に巻き込まれ、永嘉郡(現在の浙江省温州市)の太守に左遷させられるも、在職1年で辞職、郷里の会稽に帰って幽峻の山を跋渉し、悠々自適で豪勢な生活を送った。この時に他の隠士とも交流し、多くの優れた詩作を残した。

とのことである。
問題のリード文にもあるように、科挙エリートの都から地方への動線。
そして、自然の中に愉しみと癒しを見出す。
このモチーフは、2014年(タイトル「竹食」)に共通して流れる心情である。
もちろん、これも解析済みである。
授業では、漢文的背景として「老荘思想」からその心象風景を説いている。

そういう意味で、少なくともGHS生には十全なる対策が施されていたと言える。
ある生徒からは「漢文出ました!! 10分で解けました!! 満点です〜」V(^ ^)」
との報告があり。さもありなん。

posted by Kyuzen Ichikawa at 13:59| センター入試

2019年12月21日

〈52〉今年の漢字2019

今年のGHSの漢文授業
1学期は、『漢文句法ドリル vol.2』が中心。
漢文法の基礎や文法漢字や構文のドリル。
これはGHSのHPでテキスト公開してある。
オフには、この練習問題ドリルの解答解説を作成し完成予定。

夏季期間から2学期は、センター試験の過去問の解析をやった。
15分で解いてもらい、その後採点し、解答解説。
このパターンで、15問で修了とした。
12月頭のことである。

昨年より、過去問の演習が4問増えた。

今年の漢字
そこで、今年の漢字は、
    「進攻」
である。(漢文なので例によって二字)


エクストラ漢文
これまで、センター試験の過去問に必要十分どころか、
過分なまでの解析解説をつけたものが11問。
7つは『医大受験』に連載(内2つは『漢文解析』に収録)した。
ここに加えて11問でここしばらく授業を構成してきた。

それが今年は結果的に15問へと拡充。
その理由は、 Extraの授業のおかげである。
私の授業では、入試基礎段階の次はアドバンスと呼ぶ。
後半の漢文の授業はまさにアドバンス・ステージだ。

そこまでで十分なのだが、実は、
そこを越えた生徒が、若干名いた。
医学部受験となると、2年かけるのは珍しくない。

放っておいても漢文は大丈夫とは思うが、
逆に、自由にやっていいとも言える。
人数は5-6人だが、『漢文解析』に習熟した精鋭である。
だから、漢文Extraという別授業を組んだ。
そして、まだやってない過去問の領域へと進攻した。

その第一関門が、1989年出題の漢文である。

要するに、私が東大合格した年の問題である。
内容は覚えていなかった。
問題を見ても「なつかしー」とはならず、
初見のごときフレッシュさで対面できた。

そこから、その前後の過去問を収集して、
さらなる過去問解析コレクションを積み上げたのである。

センター試験も30年を超えるので、
こんな古いのは入手困難である。
東進データベースでも、1995が最古である。
センター問題集だと30年分なので、2000年以前には遡れない。

だから、アマゾンでもう誰も買わないくらい古いものを探した。
1990年前後の漢文問題集を数冊、
それこそ送料のみくらいの値段でゲットした。

生徒にとって、やったことがなく、
私もまた、やったことがない感覚(やったはずだが)でできる。
しかも、共通一次からセンター試験への移行期で、
国語を90分でやっていた時代のボリュームがある。

まあ、そんなこんなで、新たな解析済みコレクションが増えた。

斯くなる上は、これまでの解析分の10問はまとめてしまい、
「読本」にしてしまおうと考えている。

つまり、テキストは、三本立てとなる。
『漢文解析』
『漢文句法ドリル』
『センター試験過去問・解析10 』(仮称)
である。

だから、来年のレギュラーの授業の過去問は、
『解析10』の次から始める予定。
進攻はつづく。

posted by Kyuzen Ichikawa at 15:45| 閑綴帳

2019年09月29日

〈51〉ロウソクは蜜の味??

二学期からの有機化学
GHSの有機化学は、9月には高分子に入る。
最初は、油脂の話。
そのイントロとして次のような一節がある。

スクリーンショット 2020-01-22 10.25.58.jpg


石鹸の「鹸」については、本ブログ<34>に書いた。
ここでは、その上の段落の「ロウソク」の話。

今の時代、ロウソクは誕生ケーキに立てるくらいしかお目にかからない。
(もっとも、仏壇のある家は別だろううが・・)
ただ、あれは西洋ローソクだから、この話とは少し異なる。
いわゆる、日本のロウソクである「和蝋燭」は何から作られるか?
という問いを授業で発してみた。

単元的には「油脂」であるし、そもそも燃える固形だから、
油脂の「脂」の方だとまではわかるだろう。
(ちなみに、常温で液体だと「油」oil、固体だと「脂」fat)

もちろん、生徒たちはロウソクの原料など知る由もないから、
空想ないし妄想で答えてくれる。ある生徒が答えた。
「虫、なんかの虫じゃあないですか?」
今までにない斬新な答えだったので、なぜそう考えたか聞いてみた。

「だって、蝋燭の「蝋」って虫編じゃないですか? 」
そういう虫を集めて絞るみたいな・・・

推理としては褒めてよいし、面白い。
確かに、別の授業ではこんなことを話したし。
・・・「ギ酸」というのは蟻酸と書く。
これは、蟻塚から発せられる気体から発見されたから。
つまり、アリさんが出す酸だ。
もっとも、日本のアリではなく、西洋のアリ。
半端なくでかい蟻塚を作るのだ・・・・

蝋ってどんな虫?
ロウソクになる虫。
なんだか「昆虫スゴイぜ」にも出てきそうな虫かも。

    [こんな感じですかね ↓ ]
スクリーンショット 2020-01-22 10.46.32.jpg

でも、残念ながら、和ロウソクになる虫はいない。

和蝋燭は、ハゼ()の実から作られる。つまり、植物由来である。

ハゼの木は、ウルシ科の植物。
ウルシ類は漆器の釉薬(うわぐすり)になる。
秋には真っ赤に紅葉して、多くの実を付ける。
ハゼノキを「櫨紅葉」(はぜもみじ)と書くと秋の季語。
「櫨の実」も秋の季語である。

ハゼの木はどんな木?

その仲間で、実から油脂成分が得られるものが、和蝋燭の原料である。
江戸時代から、九州・西日本を中心に、藩の特産物として栽培されていた。

ハゼノキ


じゃあなんで虫編?
すると、残る問題は、なぜ「虫編」か? である。

実は、蝋燭は「虫」から作るからである。
????

ロウソクの別名は「ワックス」である。
洋の東西を問わず、ワックスは動物からも植物からも採取されてきた。
その最たるものが、蜜蝋(ミツロウ:beewax)である。
ミツバチそのものではないが、巣を構成する蝋を精製したものが、
「ロウソク」の原初形態である。だから虫編がつく。
「ロウソクは虫から作る」は、こう見てくると半ば正解。

その他に捕鯨が盛んになると、鯨から取れる「鯨蝋」がある。
ここで、すでに虫編とは縁が切れている。
そしてやがて、石油から精製されるようになり、虫とは完全に縁が切れる。
これを「パラフィン」という。誕生日のロウソクはこれ。

すると、植物由来でも「蝋燭」となる。
その由来を隠そうとしてか、
そもそもこんな画数の多い漢字を書くのが嫌だからか、
「ロウソク」と書くようになった・・・のだろう。

posted by Kyuzen Ichikawa at 07:27| 漢字の由来と派生