2018年02月05日

〈45〉『新・漢文法基礎 句法・句形演習ドリル ver.2』

コージンからキューゼンへ
 何処(どこ)いらかで、天野光信の '卒業' が語られていた由( T_T\(^-^ )
卒業してから何するの?という答えのメインは、も・ち・ろ・ん、
漢文の市川キューゼンの大活躍しかないでしょう。
GHSでやらなきゃいけなかったのは理科だったけれども、
やりたいのは一貫して、語学であり、つまりは英語であり漢文である。
私にとって、漢文は国語の科目ではなく「語学」なのである。

さてさて、『思考訓練・漢文解析』の元原稿には、各セクションごとに
ドリル的練習問題があったわけで、前身となるGHS内テキスト版は、
実際そうなっており授業で解説していた。
しかし、いざ出版となると、これが厄介モノになった。
しゃべるのと違い、解説をつけるとなると手間もかかるし、何よりページが増える。
第5章に、過去問を二つ載せて解説したら、ちょうど200ページほど。
厚さもラブリーな程度に収まりそうだったので、
「練習問題の解説でページを増やすよりも、このままで、まっいいか!!」と
ザクっと削ってしまった経緯がある。

『漢文解析』は誰のため?!
 『漢文解析』は受験参考書の体ではあるが、正直、必ずしも受験生に向きに書かれていない。
もっと正確に言えば、漢文の入門書にはなっていない。
 東大理系受験生のように、漢文が二次試験にある場合は、
「なーんちゃってレベルでも、センター試験漢文をクリアしさえすればよい」
というわけにはいかない、そんな「カブイた理系人」のために書かれたものである。

 したがって、漢文も人並み以上に勉強し、既存の参考書をやってはみたが、
それでは飽き足らず、もっと這い上がりたい!! という本物志向をもつ受験生が念頭にある。
だから、受験生の、しかも理系の一割の心刺さればよい!! というスタンスである。

 それゆえ理数は得意だが、国語はまったく音痴で、高校時代は漢文については
努力も時間もかけてられていない?! というような「フツーの理系人」には
『漢文解析』は共鳴してくれないのである。
実際、GHS生は毎年、国立理系が20人ほどいるとして、いきなり『漢文解析』を読んで
目から鱗・累々となり、叩きすぎて膝小僧が腫れるような人材は2-3人。
あとは「フツーのリケイビト」である。
そもそも訓読の不可思議に対する問題意識がないから、何がスゴイのかがわからないのである。
もっとも、一割に心に届けば善い、というスタンスからすればその通りの現実であるが。

 そして今一つの想定読者は、漢文をもっと勉強したかったのに、
理数に注力するあまり、そうこうする間も無く、漢文はまだまだレベルではあったが
しかし、首尾よく大学に進んでしまった、かつての「フツーの理系人」である。
この「漢文のやり残し・積み残し」があり、社会に出てから、
「漢文をもっとやっておけばよかったなぁ」という回顧と悔恨とがあるからこそ、
『漢文解析』はそんな「昔の受験生」の心に響くのであろう。

 そしてさらに、文理問わず、漢文学習に精力を傾け、訓読法によって
漢文読解ができるレベルに達した人の中で、しかし、それだけに
なんだか割り切れないものをどこかで感じていた「マジメな漢文人」の中には、
『漢文解析』にその問題意識を照らされて、そこに答えを見出して、
共感してくれた人達がいる。
私は、あとがきにも認(したた)めた通り、かつては文系であったので、
古文も漢文もそれ相当には(かなり)勉強したし、(ちなみに、たとえば古文は
小西甚一著『古文研究法』を読破した。ただし『漢文研究法』は手が届かず・・・)
学び悩むほどに訓読の不思議と不可思議、矛盾と不条理とがずんずんと蓄積していた。

 結局のところ、そもそもこの私自身が高校時代にもどったとして、
「こういう風に教えてもらいたかった」という思いで書いたからに他ならない。
要するに、『漢文解析』は(『体系化学」もであるが・・・)、
まずは過去の自分のためにこそ書かれているわけで、
だから、同じ境遇を経てきた人は、ここにまず共鳴するのであろう。

すなわち、過去の「不遇な高校時代の自分」に向かって、
現在の「ようやく判るようになった自分」が時空を超えて語りかける書
(ちょっとカッコ良すぎるか・・・)なのである。


そして、その原初的解決は、中文法を学んでからの再受験の東大入試に向けてなされ、
その決定的解決は、GHSでの指導実践の中で果たされた。
その遅ればせの朗報を、過去の自分に届けるための『漢文解析』であった。
(これも、カッコよするぎるか。。。) 
なんか、そんな歌なかったかな?15歳の自分に送るとかという・・・♪( ´▽`)

『漢文ドリル』は誰のため?!
 そんなこんなで、「過去の不遇な自分」は今や十二分に満足してくれたことだし、
再入門書として手にとっていただいた「カブイた理系」と「過去の理系」の皆さんにも
共鳴を果たしたので、ようやくにして、こんどは
本当に、漢文の入門書を書いてみよう、という気になったのである。

実は、その直接的なきっかけは、県立の進学校に通う高2の息子である。
理系に進むことは二年生になるときに決めており、日本史と物化選択。
国立理系志向である。(もっとも医学部ではないが。)
「今はどんな勉強したらいい?今後どうしたらいい?」
と殊勝にも聞いてきたので、過去の不遇な自分への思いをも重ねて、
こう答えた。
「二年生のうちに、社会選択の日本史と古文と漢文をしっかりやれ。
 まず周辺をしっかり固めておいてからメインの英数理にいかないと、
 三年生になってそれらに手をつける暇がなく、かといって放置もできず
 どっちも中途半端になり、結果、全科目共倒れになるという理系の
 ダメ・パターンを回避せよ!!」と。
かつての高校時代の私と異なり、屈折も苦悩もなく(だからハングリーではないが)
屈託なく素直に育った(つまり遺伝子ではない)息子は、これを真に受けて、
まずは、市販の漢文句法・句形のまとまった問題集を一通り自力でやった。
もはやフツーの理系ではない。「やったから漢文教えてくれ」というので、
ちょっと試してみた。という字を書いて、これなんて読む? 
 「反語のアニだろ?」と即答したので、へぇーホントにやったんだと思い、
 漢文解析を一席!!
          豈の音からわかるように何以の表音文字の音韻変化であること
         それが反語専用文字として独立したこと...
   などを説いてやった。そんなこと授業で聞いたことねぇ、そんな説明もなく
 とにかくそういうもんだから覚えろ、としか言われていない・・・
そんなことが書いてあるのが、『漢文解析』だよ、読んでみな〜と手渡した。   
幸いかな、カブイた理系人の仲間入りができそうだ。

すると、これも1ヶ月ほどで一通り読み切った、面白かったといいに来た。
ほー、こりゃかなりカブいたね。
じゃ、まずもって、この眼前のマジメにカブきつつある理系さんのために、
ホントウの入門書を書こう、かつての演習ドリルを復活・拡張して、
高校二年生でもわかるものにしようと思った次第。

そう思い定めて、正月から取り組んで、ほぼ8割方できたところ。
演習ドリル問題の解説を含めなければ、120ページほどか。
解説ありで、200ページくらいになるだろう。
あとは、我が家&GHSで実演してみて、正式に公開することになるだろう。
すでにGHSのHPにて公開しているものは、最初の方は同じであるが、
すぐにまったく別の展開となり、文字通り「超進化」版である。
これは、解説抜きであれば、二月中にも、GHSのHPで公開することができそうである。
posted by Kyuzen Ichikawa at 16:29| 閑綴帳

2017年01月26日

〈38〉白石って、どうよ

今年のセンター試験、フタを開けてみたら、あれあれ、
新井白石の日本漢文ときた。
これには、賛否両論のようである。

今の日本人だって、医学部でも英語で研究論文を読み書きするのが普通である以上に、
聖徳太子から江戸時代に至るインテリ和人が、漢文を受容しさらに駆使し、
漢文で書物を著すところまで自己化していた。白石の漢文は、そのほんの一例である。
かつては追試ながら、頼山陽の漢文の出題があった。
また、私の手元には、私立大の出題であるが、かの水戸光圀の漢文なんてのもある。
その意味では、和人の漢文だろうと、本場中国の漢文だろうと、遜色はないのであるし、
漢文受容の歴史から言えば、そういうのもあっていい、とは思う。

『白石先生遺文』の冒頭、まえがき的な部分。内容は比喩的評論文であり、こういう論理性を
和人は漢文で表現できたのだと知るのには良い資料だが、展開も設問も「漢文らしくなく」、
個人的にはどうも面白みに欠ける。
こういう抽象論は、東大の理系の二次あたりで記述式で出せばいいんじゃないか、と思う。
だって、漢文のネタは古文とちがって、それこそ無限にあるわけで、もっと理系にとって優しい素材を
探してほしいものである。まあ、漢詩文の出題よりも、これはハレー彗星のごとく、
中々お目にかかものではないだろうから、記念碑的に、解析にとりかかっている所である。
……授業では使えないかなあ・・・来年東大受験生がいたら、改作して使うかな・・・・等々。

posted by Kyuzen Ichikawa at 10:41| 閑綴帳

2016年12月30日

〈37〉 平成二十八年 回顧

GHSでの今年の授業を振り返ってみたい。
前期は、第1回〜11回まで、週一回60分の授業。
ホントウは物理や化学の時間までもずーっと漢文をやっていたい
というのが本心ではあるが、社会常識的には、このくらいの軽目のスタートがよい。

この間は、GHSのHPのテキスト公開コーナーにもアップしてある
「漢文基礎句法ドリル」テキストにそって、「漢文単語50」を5つ位ずつ紹介しながら、
ドリル1〜8をこなしていくメニュー。この間に『漢文解析』の読書を課した。

7月に入ると、時間は80分に拡大。最初の20分は、実際に過去問を解いて、
その後に解説。ものによっては解説は二週にわたるこもあるが、このスタイルが、
第12回〜25回まで続く。そして12月内で終了となる。
この間に、扱う過去問は11題。漢文の解析例としては充分な数と思っている。
また、漢文の精神世界と、漢文世界の地理とを知り、ひいては我々和人にかかわる
漢文の伝統を知るには適切なボリュームである。
年間授業計画とテキスト・解説のデータ化はほぼ終了しており、
GHSの独自カリキュラムとして確立したのが、本年の収穫であった。

ここからどこへ行く?「同じことを教えるようになったらエンドだ」と
言っていたではないか?との熱心な読者からの声も聞こえそうである。

センター試験はすでに30数年の歴史があり、本試・追試をあわせると
その倍の過去問があるわけで、趣味(?)としては解析例を増やしていき、
生徒の独習に供する作業はつづけたいし、漢文句法ドリルは、実はまだ、
前半部分でとまっていて、後期の授業で実戦的にとりあげる句法についても
ドリルをつくっていきたいと思っている。
・・・・・時間があればだが。ご存知の方には繰り返しになるが、
本業に加えて、物理や化学のあれこれがその時間に食い込んでくるので、
もどかしい。せめて来年は、漢文の愉悦に浸る時間がもう少し取れますように。
posted by Kyuzen Ichikawa at 03:29| 閑綴帳