2017年08月26日

〈41〉 柳さんと楊(ヤン)さん

家族のスケジュールもあわず、仕事もギュウギュウのこの夏、
とくにバカンスとはいかなかったが、実はひとつだけイベントがあって、
こんな写真を撮ることができた。

salix.JPG

写っている人の大きさからわかるように巨大な柳の樹である。
樹齢は100年を越しているだろう。
北海道大のキャンパス内の光景である。
実は、高校二年生になる息子が、北大のオープンキャンパスに行きたい!!
と言い出して、急遽、GHSの土曜の授業後に、東京駅で待ち合わせ、
羽田から札幌に飛んで、日曜日の夜に長野にもどってくる
という強行軍に及んだ。仕事などで北海道を訪ねたのは、
これまで冬ばかりだったので、爽やかな広い空の北の大地を堪能できた。

さて、本題。
「柳」と「楊」はともにヤナギだということをご存知だろうか。
つまようじは、「爪楊枝」と書く。
つまり元々はヤナギを削ってつくったものだ。
(ただし昨今目にする「ようじ」は違う木がほぼ100%)
なぜ、おなじヤナギに二つ漢字があるのかというのが最初の問題。
学名.JPG

樹に接近すると、さ〜すが、ちゃんと学名が書いてある。
「サリックス・バビロニカ」と読める。
私たちが普通に目にするしだれ柳の学名である。

これに対して、西洋シロヤナギ(White willow)というのがあり、
学名をsalix albaという。こんな感じの樹。
salix alba.jpg

もっともヤナギというのは世界中に何百種類もあるらしく、
写真一枚きりで語るのはどうかと思いはするが、またとにかく違うらしい。

どうして、そんなにヤナギに思いを寄せるのか?というのが次の問題。

実は、このsalix albaの樹皮から抽出されたのが「サリシン」である。

そして、このサリシンから、「サリチル酸」が単離され、やがて、
「アセチルサリチル酸」すなわち‘アスピリン’という解熱・鎮痛薬の
人工合成に成功することになる。1897年のことである。
人類初の人工合成薬のアスピリン(独・Bayer社)は、
世界一売れた薬としてギネスに登録されている。

ヤナギは、古代ギリシアの医聖ヒポクラテスの時代から、
生薬として鎮痛作用が知られており、その中で選ばれしヤナギが、
salix albaだったのである。
当然に、これで楊枝をつくれば、歯痛の鎮痛になるわけだ。

もっとも今は、ヤナギ楊枝は高級贈答品扱いだし、歯痛のときは、
そんな一時しのぎに頼らず、歯医者にいくことを勧めるが……。

今や「柳」といえば、井戸の側のユーレイの背景アイテムと化してしまっているが、
実は、このサリシン等の生理活性作用によって、ヤナギの生命力は極めて強く、
古来ヤマトより、早春の青柳は、春の息吹きの先駆けだったのである。
強固な根を張ることで、水辺に植樹され、土手を守ってきた。

『医大受験』の医薬エッセイ連載では、こんな話を綴ったが、
北大の、ケタ違いに大きなsalixに出逢って、その生命力を再感した次第である。
posted by Kyuzen Ichikawa at 12:04| 漢字の由来と派生

2017年05月31日

〈40〉磁石と滋賀県

電磁気力学の窓
GHS体系物理の授業は、力学・熱力学を終えて、6月から電磁気力学へと進む。
1学期の間に、高校物理のすべてを体系的に再履修するカリキュラムである。
他の予備校のように(?)高校時代の履修を前提とした演習授業はしない。
土台のないところに種を蒔いてもろくな収穫しか得られないからである。

さらにGHS長野校では、個別指導をしているので、高校3年生にそんな授業を行っている。
ある高3生(一応東大志望)は、波動(力)学も終えているので、電磁気力学があと二回程度でおわり、
一応、高校物理の体系的履修が修了する。実に、羨ましくもある高校生活である。
そんなGHS体系物理のテキスト(HPで公開中)には、イントロ部分に、
磁気とは何かの流れで「磁石」の話が出てくる。
もっとも、静磁気そのものは入試ではほとんどでないので資料的な扱いとなる。

さてさて、なんとも長い前置きだったが、ここからが漢字の話である。
素朴な疑問、“ 磁石の「磁」って、滋賀県の「滋」と似てるね? どうして?” という話。

磁石の「じ」
実は、磁石の「磁」は、同じつくりの、慈悲の「慈」につながる、という説がある。
昔々、中国に「慈県」(ツィーシェン)という鉄鉱石、磁鉄鉱の産地があったそうな。
なんでも、その石は、他の石を引きつける不思議な力がある。それはまるで、
仏が慈悲でもって、人を引きつけ、あるいは母が子を慈しむようだということで、
磁石(ツーシー císhí.)と呼ばれたと。すでに中国に慈県は存在せず、この説に確たるものはないが、
漢字の話としてはマル適である。

ちなみに、マグネットのもととなったいわれるギリシアのマグニシアの地名は今も実在する。
曰く、

磁石を意味する英語の「マグネット」(magnet)は、
 Magnesia.jpgギリシャ語で「マグネシアの石」を意味する
 「マグニティス・リトス」(μαγνήτης λίθος)
 に由来するという説がある。
 この地域では鉄鉱や磁鉄鉱だけでなく、
 マグネシウムやマンガンが産出されることが、
 古くから錬金術師達に知られていた。
 [https://ja.wikipedia.org/wiki/マグニシア県]


磁石、洋の東西を問わず、というところか。

滋賀と茲
 そこで滋賀県の「滋」であるが、これは例によって、表音文字である。
滋賀の由来については、諸説あるが、元々は帰化人の「志賀」一族の住んだ地である。
志賀直哉、志賀潔、そして長野の志賀高原も、この一族とつながりがある。
古代よりこの一族とそれにかかわる地名等は、「志賀」「志我」をはじめとして、
「之加」「之賀」「思賀」「思香」「思我」「四可」「四賀」「然」などと
表音表記されてきた歴史がある。
そして、明治廃藩置県のときに、「滋賀」という漢字を当てた。
では、「滋」とは?
そのつくりの旧字体がである。
「シー」という表音文字で、此、是、斯と同系音として、
指示代名詞に転用され、「これ」と訓読し、また、指示副詞として「ここ」と読む。
    「茲に」=ここに=hereby
この代名詞用法はかつて、センター試験にも東大理系の漢文にも登場したことがある。
『漢文解析』の読者は、代名詞の項に追加しておいてもらいたい一字である。
posted by Kyuzen Ichikawa at 16:38| 漢字の由来と派生

2016年06月30日

〈35〉 「且」という文字?

前回、未来時制助動詞をとりあげたので、その流れで、
おなじく「まさに・・・とす」と訓読するについて述べよう。

まあ、率直なところ和人には「且」が漢字には見えない。
音読みを問われたら困るであろう。
音は「ソ」である。?? でも、
祖先、租税、地租、粗雑、骨粗鬆症、壊疽、齟齬、
阻止、俎上、荻生徂徠・・・と書けばなーるほど〜と思うはず。

では、その「ソ」がなぜ未来時制の助動詞と同義になるのか?
というのが今回の謎解きであり、『漢文解析』には説かなかった部分である。
ご存知のように、は別の訓読で「かツ」とも読む。
数学でいう「かつ」と「または」の「かつ」は、昔はこの漢字で書かれた。
するとナゾは深まる。未来時制と両方取りの「かつ」がどうして同じ字なのか?

そこで漢字の成り立ちを紐解いてみよう。
これは「供物台」の象形であるといわれる。
供物台というのは、イメージ的には仏壇の前にある

供物台.tiff供物台.tiff供物台.tiff供物台.tiff供物台.tiff供物台 のコピー.jpg

である。この机の形は、中国由来らしい。
中国で祖先を祀る祭礼に供物台として用いられた。
つまり、
   祭礼の「示」+供物台= 祖
である。この二本の並行板の上に供物(肉)が乗せられている図が
の成り立ちであるという。
その並行板は二つのものが並ぶ象徴的イメージとなり、
は、「並行物」をあらわす表意文字へと転化する。
それが「かツ」である。

そうすれば、あと一息であろう。
現在と並んでいるのは近未来である。
時制の助動詞に転用されるには、時制的パラレルのイメージとともに、
音がポイントである。「ソ・ショ・ジョ(助)」と音に幅はあるが、
サ行の音であることには違いない。そして、
の代用字として用いられていった・・・・そんな想像をしたくなる。
posted by Kyuzen Ichikawa at 11:28| 漢字の由来と派生