2016年04月30日

〈33〉キングダム、(・∀・)イイね!!

古中華人(いにしえちゅうかびと)の視ていた風景
 漢文を読むときに、時に大きく立ちはだかる問題が、
自然のスケールと人間の営みの差異である。
つまり、文の意味はわかっても、その景色がちがっている。
たとえば、
       有兵 守関 不得入    
  「兵ありて、関を守る。入るを得ず」
これが、日本の時代劇、たとえば水戸黄門に出てくるような
細い山道に材木で組んだような関所をイメージしてしまうのが
現和人のふつうの所作である。
 だから、関所破りをするには正面突破ではなく、
山賊がでるかもしれない道なき山道を通って山越えする
しかしながら、広大な中華平原には、そんな隠れみのとなる山などない。
日本にいて、日本の自然の風景の常識からこの文を想像すると、
ウソになる。ではどうするか?
それは、「百聞は一見に如かず」である。

この事情は、日本の古文の学びについてもあてはまるが、
古文の世界をビジュアル的にしるための素材には、
『あさきゆめみし』を推めている。
私も受験生のときには、熟読(熟見)したものである。
そんな受験生向き教材が漢文でもないかなと。
そこで二つばかり紹介したい。
一つは、「墨攻」。漫画としての作者は和人であるが、
日中合作で2006年に映画化されたものである。
原作もよいが、映画の方がビジュアルとしてはすぐれている。
平原の中に、城壁に取り込まれた小国が舞台である。
これなどをみると、上の文の様子が浮かぶようになる。
和人が想像する「関所」など吹き飛んでしまう。

もう一つは、「キングダム」である。
秦の建国にいたるまでの超大河マンガである。
NHKによってアニメ化・放送されている。
読み出すと20巻くらいまで止まらないので
高校二年生までにしか進めないが、
漢文世界を知るには格好の素材かと思う。
それもこれも「漢文をなぜ学ぶのか」という問いにつながる。

ちなみに、「進撃の巨人」の舞台も城壁に囲まれており、
絵も上手いので参考にはなるが、別のインパクトが強いので、
その点に注目する人は中々いないだろう。だから、
これを授業で紹介するときは、静止画をみせることにしている。
posted by Kyuzen Ichikawa at 00:00| 閑綴帳

2016年03月30日

〈32〉サンセイの反対

サンセイの反対は何なのだ?
 こういうタイトルをふると、それはバカボンのパパのセリフだろ!?と
ピンと来てしまう読者層もいらっしゃることと思う。
でも、さすがに漢文のエリアなので、バカボンのパパの話ではない。
前回から引き続き、化学の中の漢字というテーマである。
「酸性の反対」は何か? 
「そりゃ、アルカリ性だろ?」・・・・・・いやいや、漢字ネタですよ。
そもそも「アルカリ」ってアラビア語由来ということはご存知だろうか?
『体系化学』の読者なら語源を知っているはず。この形容詞形が alkalineだ。

「だったら塩基性だ!!」・・・・・・イヤイヤ、それも違う。
これは英語の‘basic’の訳語なのだ。塩基はsalt base 。
酸性は‘acid’=「酸っぱい」から来ている。その反対語が‘basic’とは、
英語系用語には論理性が欠如したものが少なくないがその一例である。
‘acid’という「味」でくるなら、アルカリ性も味で表現するのが対等性である。
あくまでも漢文のテリトリーなので、漢字での表現が追求したいところ。

酸が「酸っぱい」ならアルカリは・・・・・・「苦い」と答えたGHS生がいた。
その通り。アルカリの味は「苦い」で一応よかろう。
肥料に「苦土石灰」というのがある。「苦土」とは苦い粉末ということ。
ただし、「苦土」は酸化マグネシウムのこと。
だから豆腐を作るときに加えるものを「ニガリ」というがこれは塩化マグネシウムである。
だから、苦いはマグネシウムの味にすぎない。液体は「苦汁」という。
(くれぐれも苦渋とまちがえないように・・・・)
でも酸だって、酸っぱいで済まないものがあるのだから、
そもそも味なんて主観的なものは、化学用語にすべきではないのだ。

そこでようやく、「酸性」の反対の答えだが・・・・・・

セッケンの話
 セッケンを漢字で書ける人はそういないだろう。
「石」と書く。いや漢文的には旧字体で「石」と書きたい。
最近は、化学でも教育的な漢字制限とやらのせいで、「稀ガス」が「希ガス」となるだけでなく、
「セッケン」とカタカナで書いたり、「けん化」などと実にみっともない書き方をする。
この「鹼」とは何か?これが「アルカリ」という意味の漢字である。

肉を火であぶって焼くと、脂がしたたり落ちる。下には燃やした木々の灰が残る。
アルカリとはアラビア語で ‘ the ash (ザ・灰) ’というような意味である。
有機物中の、Na,K,Caが灰の中に酸化物として残る。これを水に溶かしたものが
「灰汁」であるが、これがアルカリ水溶液の昔の言い方である。

脂と灰(アルカリ)が混ざると、けん化が起こりセッケンができる。
市販のセッケンは天然やし油を今日アルカリで加水分解してつくるが、
とりあえずどんな脂や油でも、セッケンはできるのだ。

脂と灰とを混ぜて固めるので、「石」鹸なのである。

そこで結論。「酸性」の反対は「鹼性」と書くのが漢字としては正しい。
「鹼性電池」とは現代中国語で「アルカリ電池」のことだ。
しかし、やはり教育的配慮による漢字制限のせいで、
アルカリ性とか塩基性とかいうネジれた表現を学ばされるのが今の受験生ということになる。
posted by Kyuzen Ichikawa at 22:59| 漢字の由来と派生

2016年02月18日

〈31〉ヘリウム、ネオン,・・・を「希ガス」というが...

電子ブックの公開
まずは、『医大受験』vol.16を電子ブックで公開したのでお知らせする。
GHSのHPのテキスト公開コーナーから入ると閲覧できる。
最終号 vol.16は、諸般の事情から市場に出ず、非売品となった。
定期購読者には、感謝号として無料贈呈されたとのこと。
ということは、ふつうに書店などで目に触れることがないわけで、
なんのための原稿か?という思いも残るので、アップしたわけである。
しかもそれは「連載第1回」だったからという理由もある。
 最終刊で連載第1回という取り合わせは、さながらJ.ジョイスの小説のようでもあるが、
GHSとしては大真面目に、この続編をHP上等で果たしていく決意の表明である。
たまたま、電子ブック作成サイト&ソフトという媒体と出会ったので、
漢文の第一弾としてアップした次第。
 しばらくは『漢文解析』も市場流通から姿を消すので、こちらもアップしたいのだが、
育文社から譲り受けたデータファイルは、inddとかいう出版向けのプロいソフトで、
現状ではpdfに変換できないので、こちらが先になった。

希ガスの「希」とは?
 ご存知の人はご存知のように、私自身の日常は、漢文より化学を教えている方が断然に多い。
……まあ、それだけに化学は心の内ではかなり飽和してきているので、
「漢文を教えているときは実に楽しそう」とGHS生に指摘される有様(⌒-⌒; )
 その化学の授業でも、漢文と漢字の学びは、生徒の理解を助けることもある。

 もし、手元に周期表があれば(一般読者はネットで画像検索!!)最右端にある
「希ガス」元素を眺めてほしい。18族を縦に見ていくと、
上からHe(ヘリウム),Ne(ネオン),Ar(アルゴン)・・・とつづく。

 夜のネオンは、Neを閉じ込めた管内で放電して光を放つ。
毎夜・毎夜、そうしてもNeはビクともしない。
容易に化学反応しないから、別名「不活性ガス」というのだから。
車のヘッドライトのキセノンランプも、リビングのダウンライトのクリプトン球も、
長持ちするのは同様に、「不活性ガス」だからである。
それらを「希」ガス元素というのはどうして?という話である。

 希望の「希」ではあるが、実は「稀(まれ)」の略字である。
「希少」は正しくは「稀少」と書いた。しかし、教育漢字とやらに「稀」がないので、
右側だけでゴマかしているわけである。

とても安定な(不活性な)元素なのに、ごくわずか(稀少)しか存在しない、
という謎解きは化学畑でやることなのでここでは省くとして、実は、
「稀」を「希」と書くのはあながち間違いではない、というより「言い得て妙」である。
なぜなら、それ以外の不完全な元素達は、「希ガス元素」の電子配置に憧れて、
この電子配置を目標として1価の陽イオンとなるのだし
   ナトリウムイオン≒ネオン のコピー.jpg
   (例 NaイオンはNeと同じ電子配置)[http://www.hamajima.co.jp/bio/より]

また、水分子やメタン分子などは、電子数だけみれば分子全体としてNeを気取っている。
ただ、それが本物でないから、かつ、不完全なものだから、他のベターなパートナーを
求めて化学反応という離散集合を繰り返すのである。
 ということは、完全に満たされた電子配置をもつ希ガスとは、
他の不完全な原子達にとっては、まさに「希望の星」なのであり、
稀の代用の「希ガス」という命名は、奇しくも希ガスのステータスを表す命名と
いうことができるのだ!! ……言い得て妙なり。結果オーライ。
GHSの化学のイントロ授業の一コマである。 
posted by Kyuzen Ichikawa at 23:21| 漢字の由来と派生

2016年01月04日

〈30〉「明けましておめでとう」の文法

 謹賀新年
 今年は息子が高校入試を迎えるため、どこにも出掛けず、年末年始をほぼ自宅で過ごした。
書類やデータの整理とか片付けが異常に進んだのが収穫であった。
さて、本年は上の「謹賀新年」の文法解析はどうなるかという問題から始めよう。

文型は? これは第3文型である。どれが動詞かわかるだろうか?
現和人には案外難しい。=celebrate「祝う」という他動詞である。
「加」が音「ガ」を表し、「貝」が祝いの品物の意とされる。
二文字並べて、「祝賀」を想起すれば理解はたやすいが、「賀」からは動詞の役割が
失せてしまっているのである。は副詞であり訓読では「つつしんで」となる。
    副詞+V3+0
という並びである。もちろん、主語は発信者ないし一般人称にて省略である。
・・・・・・だから祝賀会というのは「祝いに祝う会」という意味になるわけだ。
そういえば、古賀さんとか大賀さんという中学時代の知り合いがいたが、
大賀さんって実にめでたい名前だったんだ、と今更ながら思ったりする。
もちろん「賀正」もこれと同じ第3文型の省略形態であることがわかるだろう。

では「謹しんで」という訓読はどういう意味だろうか。
現和語ではふつう「慎んで」と書くことからわかるように、
動詞として「慎重に、丁重に、用心して、厳格に扱う」様をいう。
ここから副詞に転じて、「丁重さ、謙虚さ」の気持ちを表すようになったようだ。
さてさて、そうすると「年賀状」は文法的に捉えかえすと、
「賀年状」という方が正しいのかもしれないなどなど思いつつ
年賀状の返信を書いている。
信州にしては例年にない、実に温暖な正月である。
posted by Kyuzen Ichikawa at 08:24| 漢文法補筆

2015年12月24日

〈29〉カーネルパニックの顛末

 実は10月以来、HPの更新ができなくなっていたのである。
愛用のmac book airを新幹線の中で使っていたが、突然に画面が怪しい表示になった。
出先だったので、携帯でガンバって調べてみると「カーネルパニック」の画面とわかった。

そこから一ヶ月後、新規に買っておいたをmac book air新型を立ち上げるまで、、
様々に格闘して、あらゆる復旧を試みて、どうしようもなくてデータ復旧専門店に頼むと、
HDの致命的損傷とのこと。
・・・まあ、ようやくにして、元の環境にもどったわけであるが、
元のバソコンが廃棄処分となったために、欠落したことが一つあった。
このHPを作るソフトの認証解除ができていないのであるがどうしようもない。
つまり、新規のパソコンにはイントスールできない状態に陥ってしまった。

まあ、そんなこんなで、年末に向けての多忙に紛れて今に至ったわけである。
なんとかこのBlogだけは動くようになったのであるが、本体は現状では更新できない。
GHSのパソコンなら、同じソフトを入れてあるのでファイルを持ち込めば更新は可能なのであるが、
GHSに出講した時にそういうことをしている暇はないのが現実である。

そういう経緯もあり、本HPはGHSのHPにBlogをメインとする形で統合し、
それ以外は、GHSのテキスト・メソッドの紹介のコーナーでつづけていくことにしようと思う。
来年、一月一杯で移行する予定である。読者諸氏にはご理解をお願いしたい。
posted by Kyuzen Ichikawa at 10:31| 閑綴帳

2015年11月24日

〈28〉 育文社、終幕す

 『医大受験』の終刊につづき、残念なお知らせをしなければならない。
それは、育文社がこの12月で74年の歴史に幕を降ろしたからである。
その話は、『体系化学』Blogにも記載があるので、おおまかな事情などは
そちらなどを参照していただくとして、『漢文解析』に関わることを述べよう。

『医大受験』16号最終刊は、市販されず定期購読者に進呈という形になったので、
読まれていない方も多いはず。そこには、以下のような連載がしてある。
pdfファイルを貼り付けておくので、自由に読んでほしい。
      医験vol.16.10-漢文.pdf
ただし、紙面の都合上、ページが逆順となっている点はご容赦願いたい。
ここでは、「漢文基礎句法ドリル」(1)と題して書いたものである。
終刊号に初回連載を載せるという「天邪鬼」的趣向である。
今後は、現役高校生が漢文を学ぶにはどうしたらよいか、というテーマに向かって
この連載のつづきが、GHSでの講義をくぐらせながら綴られていくことになろう。

遺憾ながら、当然ながら『漢文解析』は育文社が閉じるに伴い、市場に供給されなくなる。
まだ在庫は若干あるようであり、その後の購入はGHSでも可能なように
しかるべき窓口を設けることになるだろう。
本HPも、GHSのHPと統合され、その中のコーナーで、テキストの紹介・展開・購入(?)という形で、
続くことにしようと考えている。

それは残念至極ではあるが、漢文の文法に関しては、『漢文解析』でほぼ尽きており、
それと『医大受験』に連載した、東大入試漢文を含む解析例のストックで、
入試のための教材としては必要十分と思われる。
それゆえ、今後は、そこに至るまでの道を高校生に向けて発信することにした次第である。
posted by Kyuzen Ichikawa at 20:29| 閑綴帳

2015年09月04日

〈27〉「断髪令」の経緯に思うこと

 最近はテレビ番組がつまらないので見る機会が少なくなっているのだが、先日、サッカー中継のながれだったか、何気なくチャンネルを変えていたら、NHKで面白い話をやっていたので、久しぶりに最後までみた。日本の歴史をトピック的にとりあげた番組である。

 通称「断髪令」(正式には「散髪脱刀令」という)は、明治4年8月9日に出された。明治になって四年も経っても、伝統的なの丁髷(チョンマゲ)頭の方が「ふつう」であり、ザンギリ頭にするにはまだ心理的な抵抗があり、未だ普及していないことを時の政府は問題視し、法律で規制しようとまでしたわけである。いいかえれば、それまではどちらでもその人の自由であった。

ところが、政府の要職に公家出身の岩倉具視は、明治4年11月に渡米した使節団を率いた際にも、髷(公家なのでチョンマゲではないが)を結ったままだった。和の伝統の中に生きてきた誇り高き和人として訪米したわけであるが、その途上で、西洋人からの好奇な視線にさらされていることを知り、シカゴで散髪をしたという。

 ここを契機として宮中では追随するものが続出し(なんといってもあの岩倉様が髷をやめたのであるから)やがて、明治6年3月には明治天皇も散髪を行ったことから、これに従う者が増えていったという。

 いまでは当たり前の髪型が、1000数百年の伝統をもつ髷姿から「西洋かぶれ」のザンギリ頭に切り替えることが、「ふつう」になるまで、こんなにもの歳月と「お手本」とが必要だったわけである。ところが、明治6年3月には福井県では、断髪令に反対する3万人が散髪・洋装の撤廃を要求した一揆が発生し、6人が騒乱罪で死刑となる事態まで発展した。それほどに伝統を壊すこと、180度転換することは、個人的にはともかく、社会的レベルでは難事であることがよくわかる事例である。

 欧語ではふつうの文法解析も、訓読の伝統世界の人の目には、ザンギリ頭にみえるにちがいない。私は直接には知らないが、『漢文解析』を読みかじったレベルの感想の中に、「いかにも英語畑の人が書きそうな内容」というのがあるとある生徒が教えてくれた。「まったく的外れですね、まじめに読んでないですね」という意見付きで。きっとその方の頭には「髷」があるのだろう、そして「あれは西洋かぶれのザンギリ頭だよ」と嘯いているわけだ。

 訓読法については、明治期に法律で規格化がなされたっきり現在に至るのであるが、これを「ザンギリ頭」に180度転換しようなどとは、少なくとも私は思っていない。和洋折衷で結構ではないか。欧語の文法を知らなかった古和人に、関係詞だの第五文型だのを求めても詮なきことである。そこらを補って、漢文の読解法を完成に近づけることが必要であし、そうやって学びたい人だけ、求める人だけが本書に学べば良い。番組で紹介された、明治初期の東京日本橋の錦絵には、ザンギリ頭とチョンマゲ頭の人たちが往来していた。「文明開化」のためには、それは問題視されるべきことであったが、漢文解析はハイブリッドであることこそがきわめて有用だと思うのである。そして、ここが『漢文句法基礎ドリル』の立ち位置となっている。

posted by Kyuzen Ichikawa at 08:51| 閑綴帳

2015年08月24日

〈26〉『漢文解析』事始

前回、8/20頃の『医大受験』最終号がでると書いたが、
そんなお盆明けに出るわけがなく、(出版社は印刷会社にあわせてしっかり1週間の夏休みだ)、
それは校了締め切りであった。9月20日頃にでるらしい。
ただし、今回は書店には並ばないとのこと。つまり市販されず、これまでの定期読者等に
感謝号として送呈するらしい。アマゾンで売るのかどうかは私にはわからない。
いずれにせよ、これまで書店で購入していただいている方は、
育文社に直接問い合わせることがよいと思う。

 前回記したとおり、連載稿は、‘ 第1回・漢文句法基礎ドリル ’ で締める形とした。
その「元々」の話をしよう。
 実は、『漢文解析』の元となったGHSテキストには、出版にあたって割愛した部分がある。
その一つは、原板にあった最終章「般若心経・文法解析」という、バチあたり(?)な企画で、
要するに、今でも和人に売れている漢文はと感考えて、孫子かどちらかだということから
とりあえず全体が短い「般若心経」をまずはセレクトしたのだった。
もともと、大人向け、ビジネスマン向けの漢文読み物という企画からはじまった本書であったから
なのだが、GHSのテキストとなり、学参という方向に舵を切ることになってお蔵入りとなった。

 もう一つは、第3章以降についていた「練習問題」である。
当初、入手可能な漢文教科書とGHSにあった幾つかの問題集等から漢文のサンプルを拾い上げて、項目ごとに句法・句形についての文法解析練習の例文を数個ならべたものである。授業テキストであるから、解答解説はなかった。授業の素材であるから。
 ところが、出版の段になって、それを含めて解説を入れると、さらにページが100ページ増えることとなり、そんな手間暇がかけられなかった(『体系化学』の時とは時間的環境がちがった)のとあわせて、だったらカットしようということになり、最終章は、センター試験過去問の解析に置き換わったわけである。そういう「原型」があるにはあったが、『漢文句法基礎ドリル』は、当初のそれを超えるものとなっている。

 『漢文解析』では、既存の形にとらわれない、斬新な、どこにもない展開を果たせたこともあり、今度は、伝統的・保守的な展開を踏襲しながら、同じ論理を説いていきたいと思った次第である。
・・・その分かりやすい人もいるし、そうしないと分からない人もいるし、また、現状では初学者・高校生には、いきなり『漢文解析』では前提が読み解きにくいからである。

 第1章の[1]は、「返り点」である。まずは「レ点」がどういう文型、品詞においてつかわれるかということから話がはじまり、上下点は、どういう構文に現れ、どうして中に一二点を挟むのかということを解く。
 だれもありたまえと思っていることではあるが、それは自然物ではなく、人工的なものであり、
ということはそれを作った人がいるということであり、そこには目的とルールがあるはずなのであるが、その初心が忘れ去られて、「そういうもんだ」として通用しているものが多々ある。
誰もふれようとしない、誰も問題としないことに踏み分け、道をつくること、その愉しさをともに
できる「人」が、声を寄せてくれるかぎりは、この歩みがつづくことだろう。
posted by Kyuzen Ichikawa at 22:33| 閑綴帳

2015年06月23日

〈25〉サヨナラ!!『医大受験』

季刊『医大受験』は16号にて終刊とな!
 すでにご存知の向きもあるであろうが、育文社の方から知らせがあり、
丸四年にわたって漢文講義を連載してきた『医大受験』が次回16号をもって
終刊となることになった。背景の事情は複雑に絡んでいるようであるが、
それはともかくとして、確実にいえるのは、「時代の変化」である。
それは、昨年の代ゼミの大規模リストラが象徴するように、
従来一般的だった受験ビジネスモデルほどに、時代の変化に即応できにくく
なっているということである。と同時に,新聞の購読者数が減少していることが
代表しているように、紙媒体を通しての広告が広告としての機能を果たせなくなってきた、
それとおなじことは、(まだマシかもしれないが)テレビのCMも同様の傾向にある。

『医大受験』の創刊の4年前は、そうはいっても電子ブックも黎明期であり、
これほどにデジタル・ネット媒体が紙媒体をしのぐ勢いがある状勢ではなく、
紙の「現物」を手に取る重みを必要と思えたものであった。

と同時に、紙の現物の出版をするのは、手間ヒマがかかることが欠点でもある。
印刷してしまえば修正は利かず市場に出てしまうわけであるから、
誤植や誤解がないように、記述に問題がないように慎重の上にも慎重でなければならず、
編集部との校正のやりとりも3-4回に及ぶことがふつうであった。
そのために、同じ原稿をなんども読み返し、場合によっては別の校正者にも依頼し、
事前の意見・評価を積み重ねてのゴーサインとなる。

その点は、筆者にとっては利点もある。推敲を重ねる分、原稿としての精度は増すから、
十数回におよび、しっかりと過去問の文法解析がデータ化できたことは
今後の教材の蓄積として、とても意義深かったといえる。

終わりははじまり
 そこで第16回連載の内容は、「新シリーズ連載第1回」とした。
すでにHPで掲げてある、漢文句法基礎ドリルの§1-§3までの10ページ程度を掲載する。
内容は、二-一点、下-上点などがつくのはどういう文型・構文のときなのかというごく基本の
手ほどきである。例文は、教科書にあるようなよく知られたフレーズばかりである。

それをうけて、本HPないしは、GHSのHPにて、電子ブック形式での連載を継続する予定である。
修正・訂正が容易な分、原稿のやり取りの手間ヒマは軽減でき、すくなくとも月刊での更新したい。
会員制にするのか、まったくのフリーにするのか、他の科目との兼合いもあり、
具体的なあり方は検討中であるが、
8/20の16号発売を待って,二学期あたりから始動することになるだろう。
posted by Kyuzen Ichikawa at 10:30| 閑綴帳

2015年05月24日

〈24〉題して「漢文句法 基礎ドリル」

前回,以下のように述べた。
・・・今年度は、「漢文の授業らしく」やろうと準備をしている。
そのココロは、伝統的な「訓点・返り点」にはじまる市販の問題集をベースにして、
順番はそのままに、『漢文解析』のテイストで説いていく、というスタイルである。
 今手元には、三冊ばかり売れ筋と思われる句法練習の問題集を買ってある。
見事といいうる点は、著者も出版社も違うのであるが、構成がほぼ同じで、
  説明の仕方も横一線で区別がつかないという点である。・・・・
  『漢文解析』はそれを解体して独自の構成としたが、
  その「完結」を受けて、今度は旧来の流れのままで
似て非なるものとして説いていく予定である。

 その授業も3回目を終えた。テキストは、今年度からの新作書き下ろしである。
TOPページのメニューボタンに「句法復練帳」というのができているのに気づかれたかもしれない。
「読者沙竜」(=読者サロン)という企画を思いついて、ボタンをつくったものの、
読者の感想意見を紹介しながら、いろいろコメントして、またそれに意見を・・・
というのは一部ブログとかぶるし掲示板みたいに書き込み式でないといけないし、
すると管理するヒマがないし・・・・なんて思っていたらどうにも進まないので、
先送りにして、現在進行の内容をアップしするほうが速いとおもった次第である。
それは結局は、読者からの希望に応えたものでもあるし、
『医大受験』での連載完結後の提示の場となるからである。
とりあえず、今回は、「はしがき」だけ紹介したい。

はしがき

古代中国語で書かれた漢文は、和人にとって「外国語」です。そして、文法構造が大きく異なる漢文を読み解き、その中身を吸収するために、古和人が千年以上かけて磨き上げてきた翻訳技術が「訓読法」です。しかし、この技法は長らく各家の秘伝とされ、部外秘であり、様々な流派がありました。時代は下り、やがて儒学の奨励と普及によって、江戸時代中期以降には一般に広まるようになり、明治になってからは法律によって訓読の方法が統一・標準化されるにいたり、今、私たちが目にするのはこの「訓読法」です。

このような長い歴史をもつ訓読法ですから、現代日本語に溶け込んでいるものも多々あり、高校生の漢文入門にあたっては、この訓読法から入り、その伝導を受け継ぐことが有効であることは明らかです。

しかし一方、古和文に訳すための技術として発展したために、現和人にとっては、前提として「古文」の習得(昔の和人には不要でした)という遠回りが必要になります。また、英文法と相通じるところがある漢文法ですが、古和人が英文法を知らなかったゆえに理解できなかった前置詞や関係詞などがあり、文法的に見直した方がよい箇所があるのも事実ですから、訓読法を現代的な視点から捉え返して学ぶこともまた有効であり、むしろ必須といえるのです。

『思考訓練の場としての漢文解析』(2014育文社刊)ではそのベースとなる漢文法の新しい姿を提示しましたが、それは伝統的な漢文訓読法と句形・句法をすでに学んだ人にとっての再入門篇でした。

これに対して本書は、これから漢文を学び始める人を想定して、和人として誇るべき文化遺産たる訓読法から、漢文法へとつながるように学べるドリル形式の演習となっています。

誰もが知っている、教科書でも出会う有名な例文をもとに文法的に解析していきます。それを通して、我々の祖先が築き上げた訓読法のすごさ、すばらしさを改めて認識することにもなるはずです。


いずれ、メニューボタンからはいれば、テキストそのもののpdfファイルが直接ひらけるように
するつもりである。

posted by Kyuzen Ichikawa at 08:38| 閑綴帳